【第1章 環境を変えたい!】「大志」を探して〜IT企業から、絶景に囲まれた老舗鉄道会社へ〜

-東京から静岡県島田市へ

静岡県のほぼ中央部に位置する島田市川根町。
ここは、市内でも特に自然豊かな場所。

この町の一角に、大井川鐵道株式会社が運営するSL列車の停車駅「家山駅」がある。木造でできたノスタルジックなこの駅舎は、映画やドラマの撮影などに使われ、春になると、桜トンネルを目当てに多くの観光客が押し寄せる。

2017年の7月のとある休日。
菅原滋(すがわらしげる)は、家山駅に居た。

菅原は、7月に入ってからというもの、休日になるとこうして大井川鐵道の沿線を巡っている。つい1ヶ月前まで東京のど真ん中で忙しなく生活していたとは思えない過ごし方である。

「美しいなぁ……」

菅原は、「日本には、まだまだ自分の知らない美しい原風景がたくさんあるんだろうなぁ」そう思いながら、心地よい時間に浸る。

 

菅原は、東京新宿に本社を構える、トレンドマイクロ株式会社でエンジニアとして働いている。トレンドマイクロは、セキュリティソフト市場で国内トップシェアを誇る上場企業。菅原は企業向けのサポート部門に所属し、長年経験を積んだのち、数年前に課長に昇進した。

そして、2017年7月。
ローンディールが提供する「レンタル移籍」を通じて、静岡県にある大井川鐵道で1年間働くことになり、同社の事業所がある静岡県島田市での暮らしを始めていた。

車移動が当たり前のこの土地での暮らしは、大学入学と同時に秋田から東京に上京し、日々新宿で勤務をしていた菅原にとっては大きな環境変化だった。

しかし、菅原はその違いを楽しんでいた。
衣食住において不便はなく、自身の生まれでもある秋田市に何か近いものを覚え、居心地の良さすら感じていた。

-課長として手詰まりを感じていた時に……

菅原が「レンタル移籍」を利用することになったのは、移籍から約1年前の2016年に遡る。

ある日突然、当時の上司から菅原に打診があった。
「レンタル移籍」は、期間限定でベンチャー企業に行き、新しいチャレンジを経験して戻ってくる、という仕組み。

当時菅原は、課長職として行き詰まりを感じていた。
管理職になったにも関わらず、会社、事業、マネジメントなどに興味が向いておらず「視野を広げねば……」と思っていた時だったのだ。

だから、レンタル移籍の話を聞いてちょうど良い機会だと思った。
会社から自分に打診があったのも、きっと、そういう経験を得よということだろう。

菅原は入社以降、エンジニアとして、主に自社の製品を導入している企業のサポート業務を行ってきた。週に何回かお客先を訪問することもあったが、訪問先も比較的固定しており、社内での業務も多く、そろそろ違う取り組みにも挑戦したいと思っていた。

だからこの機会に何でもチャレンジしたい!
今と環境が変われば変わるほど面白い!
そう感じた。

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トレンドマイクロ社内での打ち合わせ中の様子。右奥が菅原

-「変わっているね」と言って欲しくて

菅原は、新卒でトレンドマイクロに入社した。
大学では情報通信を専攻していたこともあり、システムインテグレーションを扱うIT企業への入社を考えていた。エッジがある際立った企業に面白さを感じていた菅原は、セキュリティのソフトを売っているトレンドマイクロに惹かれ、入社を決めた。

幼少期から「変わっているね」と言われるのが好きだった菅原。
双子の弟がいるため、違いを出したかったのかもしれない。
だから変わったことをして「面白いね!」と言われるのが嬉しくて、いつの間にか「面白さ」を好むようになっていた。

菅原は大学入学前、予備校生活、フリーター生活を数年経験している。当時、現在のソーシャルゲームの走りでもあるブラウザゲームにどっぷりハマってしまった。それがきっかけで情報通信を満遍なく学び、エンジニアを目指すことになる。

-明確なキャリアプランがない!

「幅広く、どっしりとしたイメージ」

移籍先を決めるにあたり、菅原は、ローンディールから「移籍経験を経て、どんな成長を望むか」というヒアリングに対して、そう答えた。
菅原は、現在の仕事において「こう成長したい!」という明確なビジョンやキャリアプランがあったわけではなかった。新卒で入社し、がむしゃらに目の前の仕事に集中して働き続けた。

真っ直ぐに取り組んだからこそ出せた成果もある。
しかし管理職になり、自身の成果を出せば良いだけの立場とは異なり、チームとしてのミッション・ビジョンを掲げ、引っ張っていかなければいけない。チームの成長、そして会社への還元を考えるにおいて、自身の成長イメージを持つことは避けて通れない。

菅原は今回の移籍を通じて、「自分は、人間としてどうなりたいのか?」
それを考えみようと思った。

そのためには幅広い知識を身に付けて、様々な経験をし、ジェネラリストを目指したい、そう考えた。ジェネラリストになることで、求めている姿に近づけると思った。

-思い出の「大井川鐵道」へ

そんなイメージを抱きながら、移籍先を決めるフェーズになった。

菅原は、会社としてある程度動いていて、既に顧客がいる事業の方が自身が求めている経験ができると思い、中規模の企業を希望した。

ローンディールよりいくつかの候補が出てくる。
その中に「大井川鐵道」があった。

菅原は「大井川鐵道」の名前を見た瞬間、
「あっ、ここに行きたい!」
即断した。

 

———それは今から5年前のこと。

とあるテレビ番組で、秘境駅を紹介する番組があった。そこで紹介されていたのが大井川鐵道沿線の駅。その駅を見た時に、「何、この場所!!! まだ日本にこんな風景があったのか……」と菅原は衝撃を受けた。

そして、すぐさまその駅を訪れることになる。
もちろん、大井川鐵道のSLにも乗車した。

あれ以来すっかり忘れていたが、「大井川鐵道」の名前を見た瞬間、あの時の感動すべてを思い出した。

「ここに行きたい!」気持ちが高ぶる。

ちなみに、ローンディールが提供する「レンタル」移籍は、ベンチャー企業への移籍を主としているため、大正14年から続く大井川鐵道への移籍はイレギュラーである。

しかし菅原は、「環境を大きく変えてチャレンジしたい!」という想いが強く、大自然に囲まれて普段味わえない体験をできそう、という期待も込めて、大井川鐵道に行くことに迷いはなかった。

—生半可では挑めない環境に怖気付く……

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大井川鐵道に、初めての面談に向かう途中の菅原

菅原は、大井川鐵道に行く前に、まずはエクリプス日高の役員と面談をした。大井川鐵道はホテル業や企業再生事業を行うエクリプス日高の傘下に入ったばかり。事業再生中だった。

その際、役員のひとことに、想像以上のプレッシャーを感じた。
「事業再生中ということもあって、今、こちらであれこれ整えてあげられる余裕がないので、菅原さんには主体的に動いてもらう必要があります。短期で効果の出る取り組みを期待していますね」

それは、菅原に期待を込めた激励の言葉であったのだが、「どう頑張れば貢献できるんだろうか……」不安しかなかった。

もう辞めて、逃げたいとすら思った。
面談後、菅原は同席していたローンディールの原田に、
「僕にはハードルが高いと思います……」とボソッと話した。

しかし原田は、「いや、そんなことないと思いますよ! 菅原さんなら大丈夫」と笑顔で答える。

不安を抱きながらも、ここまできたらもうチャレンジするしかない……。
課長になって挑戦するという気持ちを忘れていた、自分にとってハードルが高いと感じる方を選ぼう。
覚悟が決まった。

それから移籍開始までの間、経営に関する本を読んだり、休日には大井川鐵道に下見に行き、観光客目線で気づいたことをメモするなど、事業と現場、両方から見るようにして過ごした。

菅原の研究者気質な性格と強い好奇心が重なって、ひたすらインプットする日々を送り、移籍当日を迎える。

しかし、この時はまだ、鳴り響くアレに日々悩まされることになるとは、想像すらしていなかった……。

 

→ 第2章「今日も電話が鳴り止まない‼」へ続く

 

取材協力:トレンドマイクロ株式会社、大井川鐵道株式会社
storyteller 小林こず恵

 

 

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