【第2章 今日も電話が鳴り止まない‼】「大志」を探して 〜IT企業から、絶景に囲まれた老舗鉄道会社へ〜
<過去記事>
第1章 「環境を変えたい!」
—「何をやってもいいよ」と言われて
大井川鐵道で、菅原は営業部に配属された。
菅原の業務は、営業部門担当の役員である柴田の指示のもと、「営業部の事業改善」を行うことになるのだが、具体的に何をやるかは決まってはいなかった。
だから「何をやってもいい!」そう言われていた。
「それって、何でも知っていなきゃできないことだよな……」
今まで体系立ててビジネスのことを学んだ経験はなく、今回の移籍をきっかけに学び始めたばかりの菅原は、自身の幅の狭さもあり、正直戸惑った。
しかし、柴田のおかげで菅原は安心してチャレンジできた。
柴田は菅原と同じ歳。にもかかわらず、とても同じ歳とは思えないほどの知見の深さ、幅広い経験を持ち、いつも的確なアドバイスをしてくれた。それでいて気さくでユニークな性格で、菅原は仕事面でも人としても心から尊敬し信頼した。
———最初の1ヶ月。
菅原のミッションは、「とにかく現場を知る」ということで、いろんな場に出向いた。
大井川鐵道は主に観光事業で成り立っている。
研修も兼ねて、沿線のおみやげ屋さん、温泉、その他観光地を回り、現地の方やお客さんへのヒアリングを行った。また、客車の飾り付けや乗客の対応も行うなど、鉄道事業者ならではの貴重な体験もでき、ひたすら楽しかった。
大井川鐵道沿線を走るSLの写真(撮影:菅原)
大井川鐵道沿線の秘境駅「奥大井湖上駅」の全景(撮影:菅原)
—専任エンジニアが自分1人だけ!?「90分をたった1分に短縮」
菅原が営業部の事業改善として、まずやることにしたのはエンジニア経験を活かせる「システム構築」。
大井川鐵道は社員150名ほどの会社。
エクリプス日高の再建により、業務ツールなども一部刷新されてはいたものの、まだ過渡期で効率化されていないことも多かった。
中でも、スタッフの作業負担が大きい「日報報告」はすぐにでも改善したい点だった。
営業部では、日報でその日の売上を報告するという業務があるのだが、この日報をまとめるというのが大変な作業。
駅毎の乗車数・降車数、大人・子供の乗車数、切符の種類など、これらをデータから引っ張ってきて、クロス集計しなければいけない。システムからエクスポートしたデータを、手作業で集計しているので、レジと合わないことも多く、何度もやり直しを行っていた。
担当スタッフは、この作業に毎日90分程度、費やしていた。
菅原は、それをマクロを組むことで解決した。
簡単なクリックだけで日々の売上結果が算出される。
90分がたった1分になった。
「すごいですね、菅原さん」
業務を担当していたスタッフをはじめ、菅原のシステム改善は皆から感謝された。また、裏側の業務だけではなく、顧客サービスにおいても同様のことが起きていた。
営業部の菅原の席は、SL乗客の発券窓口があるすぐ近くで、乗車客の姿や声を見聞きできる場所にある。乗車客がSLの席を予約して発券するまで数分かかっていることもあり、繁忙期にはスタッフが対応しきれず、常に長蛇の列ができていた。
ピーク時は、「一旦券なしで乗ってください!」とアナウンスし、後清算にし、無理やり乗車してもらうことすらあった。そこで、オペレーションの時間を短くするようなシステム改善も、この頃より着手する。
(この業務は移籍終了直前まで行うことになる)
—そして今日も電話が鳴り止まない
菅原は、移籍してしばらくは、システム改善に集中していたため、自身のデスクでプログラムを書くことも多かったのだが、いつも悩まされていたのは、鳴りっ放しの電話だった。
菅原のいる営業部では、繁忙期には朝から晩まで電話が鳴り響き、鳴っていない時間はないほど。その環境下でプログラミングの作業を行うのは、慣れるまで時間がかかった。
入電の多さは、公式HPや各種媒体に電話番号を大々的に載せているからだった。
また、乗車に関する予約やお問い合わせだけならまだしも(喜ばしいことなのだが)、落し物のお問い合わせなど、営業部とは関係ない内容もすべてこの電話に集約されていた。電話に出た営業部のスタッフが落し物を探すのに対応し、1日終わってしまうということもあり、非効率だった。
そこで、電話機のシステム改善も行うことになった。
具体的には、営業部の担当ではない電話を該当する部署に回す改善を行い、加えて自動音声システムも導入。
合わせて、公式サイトの電話番号を控えめにし、メールフォームを目立つような改善も行った。また、お問い合わせの入電軽減も兼ねてFAQページの充実も行った。社内から過去のお問い合わせをヒアリングし、それをカテゴライズして掲載。
これらのおかげで、不要な入電の削減に加え、電話を取る前に予約なのかお問い合わせなのか要件を把握でき、営業部では効率的な対応ができるようになった。
—「勘違いしているぞ!」と言われて
最初の数ヶ月は、システム改善をメインに行ったこともあり、自身の経験からゴールも見えやすく、方法論が分かっていたため、新たなチャレンジではあったものの、こなせるタスクが多く、戸惑うことは少なかった。
また、初のIT専任エンジニアということもあり、大井川鐵道の社員からは日々感謝された。信頼を勝ち得てきた自信もあった。
「菅原さんすごいね」って言われるのが気持ちよかった。
そんなある日。
トレンドマイクロ人事の小木曽と、途中報告も兼ねて面談が行われた。
移籍先に貢献していた自負があった菅原は、今までの活躍を細かに話した。しかし、人事担当からは、
「何のために移籍したのか? 勘違いしているぞ!」と指摘される。
菅原はハッとした。
「そうか、幅を広げるために行ったのに、気付いたらできることばかりをしていた」
感謝されるのが嬉しくて、ついつい自分のコンフォートゾーンでしか仕事をしてしなかったのだ。
菅原はエンジニアとしてではなく、改めて、新たな領域にチャレンジしようと決意。それが、自身でも未経験の分野であるSNSを用いたキャンペーン企画である。
取材協力:トレンドマイクロ株式会社、大井川鐵道株式会社
storyteller 小林こず恵