社員約160人との1on1で話すことで気づいた、部署を超えてつながる大切さ

「社内で新しいことを生み出すには、別の業界を経験してみることが大事なのではないか」。ENEOS株式会社で10年以上、営業経験を積んできた杉原壮留(すぎはら・たける)さんは、そんな思いから、レンタル移籍(ENEOSでは、ベンチャー企業派遣型研修 / 以降、ベンチャー研修)を活用し、2023年4月からの1年間、小型人工衛星の開発・製造を行う宇宙ベンチャー・アクセルスペースで働きました。
業界も組織規模も違う環境で過ごした1年間で、杉原さんは「外に出てみないと得られない視点がたくさんあった」「自分の仕事はここまで。と、勝手に行動に制限をかけていた自分に気づいた」と話します。
そこで今回、ベンチャーを経験した杉原さん、そして杉原さんのベンチャー研修の背中を押した、当時の上司だった中村敦(なかむら・あつし)さんも交え、お話を伺いました。新規事業に関わる部門に戻った杉原さんは、ベンチャーでの経験をどのように活かしていくのか。また、中村さんはどのような期待を込めて送り出したのでしょうか。
(※ 本記事は2024年4月に取材したものです)

部のメンバーが外に出ることは、
ほかの社員が育つチャンスでもある


――まずはおふたりの経歴から伺えればと思います。

杉原:私は入社時に販売総括部に配属となり、そこでも中村さんと一緒でした。3年ほど経験を積んでから、社内の海外教育派遣制度を使って1年間アメリカの子会社に出向して、帰国してからは産業エネルギー部に異動。海外販売総括グループに2年、産業エネルギー1グループに3年在籍し、産業エネルギー総括グループに移りました。その後、ベンチャー研修に行くことに。

Profile 杉原 壮留さん 
ENEOS株式会社 バイオ燃料部 バイオ燃料総括グループ所属
2013年4月入社。ガソリン等の販売方針策定・販売進捗管理を担った後、2016年から1年間、米国での勤務を経験。2017年からは法人向け石油製品販売を担当する産業エネルギー部に属し、新規事業の企画、営業(各顧客との調整・交渉・販促業務)、販売方針策定等に従事。

中村:入社から数年は根岸製油所や仙台製油所で人事を担当し、その後東北支店での営業を経験しました。本社に異動してから海外調達部で原料の調達、販売総括部で販売方針の策定・進捗管理、産業エネルギー部で杉原と一緒に仕事をしていました。

Profile 中村 敦さん
ENEOS株式会社仙台製油所 事務副所長

1999年入社。5年間製油所人事業務を経験した後に販売部門へ異動。以降は小売販売部門および産業エネルギー部門における販売計画業務や営業担当、供給部門における海外製品取引業務に従事。2024年4月より現職。

――おふたりともさまざまな部署や環境を経験されてきたのですね。その中で、杉原さんがベンチャー研修を希望されたのはなぜでしょう。

杉原:ずっと携わってきた石油製品の販売は基本的に国内向けの事業ということもあり、今後は成長が鈍化し、縮小することが見込まれます。そんな中でなんとも言えないさみしさを感じていました。同時に、このままではいけないなって。新しいことにチャレンジしたいと思ったんです。

また、業界や業務に慣れすぎていることに不安や焦りも感じていたタイミングでもありました。そんな中で、ENEOSにベンチャー研修制度が導入されたので、外側のまったく違う業界、まったく違う規模感の仕事を経験するのもいいのかなと。それに、中村さんなら「チャレンジしてみたら」と背中を押してくれるだろうという期待もあって(笑)、手を挙げました。

中村:杉原さんは普段考えを表に示すタイプではなかったので、相談を受けたときは本気で考えていることが伝わってきました。今後はENEOSの中でも新規ビジネスに携わる機会は増えるでしょうから、新しい感覚を身につけるいい機会だと感じましたね。

杉原さんはきっとベンチャーに行っても業務面では大丈夫だろうと思いましたし、本人が気持ちよく移籍できるように部内の交通整理に徹しました。

――交通整理は大変でしたか。

中村:相談を受けた時点で部長や副部長に「本人が希望しているので応募させたい」と話したところ、否定的な反応はなく「本人が言っているならやらせてみよう」と言ってくれたのでそんなに大変ではありませんでした。

部としては信頼できるメンバーが抜けてしまうのは痛手ですが、裏を返すとほかのメンバーが育つチャンスといえます。実際、杉原さんが移籍した直後は一部業務が滞る場面もありましたが、それをメンバーで補い、現在は残ったメンバーが育ってきている実感があります。できる人材に頼ってしまうと次が育たないので、変化も大切だと思いました。

社員約160人と1on1で話すことで、
相互理解が進み、動きやすくなった


――杉原さんが移籍したアクセルスペースは既に15年を超える歴史があり、従業員100名以上とベンチャーとしては規模の大きい会社ですが、なぜ選んだのでしょう。

杉原:ゼロをイチにする仕事よりも10を100にする仕事を経験したかったので、できたばかりの会社ではなく既に規模感のあるアクセルスペースを志望しました。ENEOSに戻って経験を活かすことを考えた時に、10を100にするノウハウのほうが必要だと感じたんです。せっかく外に出るなら全然違う業界に行きたいという想いもあり、ホームページなどを見て興味をそそられた宇宙ビジネスを選びました。

中村:私も、杉原さんからアクセルスペースさんの話を聞いて、宇宙に携わってみたいなと思いましたね(笑)。

杉原:あとは、アクセルスペースが営業や事業開発を担うメンバーを求めていたことも、決め手のひとつです。移籍して何の役にも立たないと申し訳ないので、自分の営業経験を活かせるところに行こうという考えもありました。

実際に担当した業務は小型衛星の営業、新しい衛星関連サービスの企画、アライアンスパートナーとの調整などです。営業経験を活かせると思ったのですが、実際は多くのつまずきがありました。現在、日常的に必要なエネルギーと、今後必要になるかもしれない衛星では、ターゲットも売り方もまったく違うんですよね。

――つまずいたときには、どのように乗り越えていったのですか。

杉原:宇宙業界のことをまったく知らないので、とにかく知識やノウハウをキャッチアップしなければいけないと思い、アクセルスペースのメンバーに声をかけて1on1をしたんです。移籍期間中に約160人と話しました。(数値上は)社員全員です。

――160人と一人ひとり話したんですか。

杉原:行き詰まっていたときにアクセルスペースの上司から「誰かと1on1してみたら?」というアドバイスをいただいたんです。最初は私も否定的というか、お願いしても「忙しい」「なんで必要なの?」と断られるイメージしかできなかったので消極的でした。

それでも、上司から強く勧められたので、何人かに実践したてみたら、みなさん快く受けてくれるし、発見が多かったですね。逆に私がアクセルスペース内で行っている業務の話をすると、「そんなことをしていたんですね」と言われることもあって、周囲の方々にとっても、いい機会になったと思っています。

上司が勧めてくれた理由も納得でき、「どうせなら全員と話そう」と自分で思って取り組んだんです。その甲斐あって宇宙業界のことも知れたし、仕事の進め方のヒントも得られました。

おかげで、誰がどんな思いでどんな業務をしているかがわかったので、動きやすくなって、営業も企画もだいぶスムーズに進められるようになりました。

また、自分だけではなく、メンバー間でも互いの業務を把握できていないことがあったので、周りの方の仕事を知ったことで周囲がうまく連携できるよう働きかけることもできました。

(移籍中の1枚)

――業界のことはもちろん、そこで働く人のことを知るのは大事ですね。ちなみに中村さんは、そうした杉原さんの動きをどのように見守っていたのですか。

中村:杉原さんが提出してくれる週報や月報は目を通していましたが、1年間はアクセルスペースの人間として働くのがあるべき姿だと思っていたので、直接相談されない限りは、あえて口出しせず、見守るようにしていました。

最初の頃は週報を見ていても自己評価が低い印象を受けましたが、時間が経つにつれて自己評価が高くなっていく様子が見えましたね。先程の1on1をはじめ、移籍先での業務を経験しながらコツをつかみ、自分のやるべきことが明確になっていったのだろうと思います。

「自分で業務範囲を決めずに、すべて自分の仕事だと思え」。社長から言われて気づいた視野の狭さ


――改めて、ベンチャーに移籍して、どのような気づきが得られましたか。

杉原:アクセルスペース代表の中村さんが「自分で業務範囲を決めずに、すべて自分の仕事だと思え」って話していたんです。その言葉で、思っていた以上に自分で動く範囲を決めていたことに気づかされました。

中村:直接そう言われたことがあったの?

杉原:移籍初日から言われましたね(笑)。私は営業のポジションで小型衛星の販促を求められていると理解していたので、自己紹介で「営業を頑張りたい」と話したんです。そのときに「営業以外の仕事をしてもいいんだよ」と言われて「他の仕事もしていいんだ」と驚きました。

移籍中に「他社に対する小型衛星の販売」と「自社(アクセルスペース)の衛星が撮影した画像の販売」という2つの事業の間に位置する案件を担当した際も、私は主に小型衛星の販売を担当していたので、画像の販売は担当部署が担うものと思っていたんです。

あらためて「あなたが画像の販売をしてもいい」という助言をいただいて、無意識に行動範囲を狭めていたことに気づきました。

(移籍中の1枚)

――役割が明確な組織で働いていると、その感覚は難しいですよね。

杉原:はい。大きな組織を機能的に動かすには、部門ごとに仕事を分けたほうがいいですからね。その部門の業務を熟知してスピーディーに判断できるメリットもありますが、その業務の視点でしか考えられないところはデメリットです。

アクセルスペースで別の部門の業務を請け負ったり、逆に任せたりすることで、そういう仕事の進め方もあるのかという発見がたくさんありました。部門を決めて範囲を狭めるとこぼれ落ちてしまうアイデアがあるという気づきは、ENEOSに戻ってからも活きると思います。

中村:他部門の業務に触れることで、自分や会社がやっていることを客観視し、違う切り口の見方ができるようになるし、その実践を積めるところがベンチャー研修の意義だと感じましたね。違う世界を見て、いいところも悪いところも俯瞰する機会にしてほしいと思いました。

杉原:本当にその通りですね。外に出ると自分の中の常識が変わるんですよね。何が、ENEOS独自の常識なのかが明確になったし、環境が変わっても社会人として共通する常識があるということもわかりました。違う世界を経験するって本当に大切ですね。

新規事業に関わる部門で、ベンチャーでの経験をできることから始めたい


――杉原さんは、移籍が終わったら再び産業エネルギー部に戻られたのですか。

杉原:いえ、バイオ燃料部に異動しました。2023年にできたばかりの部署なのでわからない部分も多いのですが、新規事業を扱う部署で、引き続き販売に関わることになりそうです。

既存事業の営業とは異なる分野で新しいチャレンジになることは間違いないので、アクセルスペースで経験したように、情報をとことんキャッチアップしながら成果を出していきたいと思います。

たとえば、アクセルスペースで1on1を経験して、コミュニケーションや周囲で働く人のことを知る大切さがわかったので、ENEOSでも個別に担当者をつかまえて(笑)、話を聞きたいです。バイオ燃料部の規模感であればやりやすいかなと思っています。

ただ、これまでENEOSでは私自身もメンバーと1on1をする機会はなかったですし、いきなり始めると「杉原がとんでもないことを始めた」って空気になりそうかなと(苦笑)。

うまくENEOSの組織にフィットするやり方で、できるところから始めていこうと思います。ちなみに、悲しいですが中村さんは4月から上司ではなくなりました。

中村:仙台製油所で、事務関係全体を見ることになりました。実はかつて在籍していた場所なので、雰囲気のいい職場づくりに貢献できたらと考えています。

――最後に、これからベンチャー研修にチャレンジする方にメッセージをいただけますか。

杉原:どうしようか迷っている人には、「思っているより上司や周りの皆さんが応援してくれる」と伝えたいです。きっと上司の方も背中を押してくれるので、ベンチャーに行きたい理由や意義を考えたうえで、ぜひ手を挙げてほしいですね。

既に行くことが決まっている人には、「大変だと思わないことが大事」だと言いたい。もちろん新しい環境で大変なことありますが、大変だと思うと追い込まれてしまうので、あまり思い詰めないようにしてほしいです。

中村:繰り返しになりますが、外に出るいい機会なので、俯瞰する目や違う切り口の見方を見つけてきてほしいですね。社内制度としてあるものはどんどん積極的に活用してほしいですね。

Fin

協力:ENEOS株式会社 / 株式会社アクセルスペース
インタビュー・文: 有竹 亮介
撮影:宮本 七生

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