「実現させたい」という強い想いが自分を動かす-株式会社村田製作所 澤井康二さん-


新卒で株式会社村田製作所に入社し、今年15年目を迎えた澤井康二(さわい・こうじ)さん。エンジニアとして10年以上、商品開発や生産設備開発に携わった後、現在はセールスエンジニアとして海外顧客に対してマーケティングや技術的な問い合わせ対応を行っています。数年前から、澤井さんはある思いを抱いていたといいます。「新規事業に携わる仕事をしていきたい」というものです。その第一歩として、エンジニアからセールスエンジニアへの異動を希望したそう。

まずは顧客や市場に近い現場での経験を積むための異動でしたが、より具体的に新規事業立ち上げのノウハウを得たいと考え、一定期間、ベンチャーで働く「レンタル移籍」( ※村田製作所では「ベンチャー留学」制度として導入)に応募します。世の中に新たな価値を生み出すため、日夜開発に勤しむ環境に身を置くことで、事業を立ち上げる術を学べると感じたからです。

移籍先は、国内外の社会課題の現場と企業で働く人をつなぐことで、課題解決とリーダー育成を目指すNPO法人クロスフィールズ。もともと関心があったという社会課題に対する取り組みの中で、澤井さんはどのような学びを得たのでしょうか。2020年11月から半年間の経験を、伺っていきましょう。

「新規事業創出」の現場を知りたい

――移籍前、村田製作所ではどのような業務を担当されていたのですか?

新卒で入社してからはエンジニアとして、商品開発や自社工場の生産設備の開発など、いくつかのプロジェクトに携わってきました。2019年にセールスエンジニアの部門に異動し、製品の性能にも言及した提案やお客様からの技術的な質問への対応、プロモーション活動などを行っています。

――セールスエンジニアの仕事はエンジニアの経験や知識が役立ちそうですが、まったく異なる業種ともいえますよね。

そうですね。異動は、自分の希望でもありました。数年前から新規事業に携わる仕事がしたいという思いが強くなっていて、顧客とコミュニケーションを取る機会がほとんどないエンジニアとは違う部門に行ってみたかったんです。

ただ、一足飛びに新規事業開発の部署に行くことは難しかったですし、まずは顧客や市場に近い部門の業務を経験した方がいいという上司の考えもあって、セールスエンジニアに異動となりました。

――なぜ、新規事業の立ち上げに興味が湧いたのですか?

理由は3つほどあって、1つはいろんな人と関わりながら仕事を進めたかったから。エンジニアの仕事で黙々と作業を行うより、自社工場や社外のメーカーさんのところに常駐して、人と一緒に仕事を進める方が好きだったんです。さらにいろんな人と関わり合いながら、新しいものを生み出したいと感じたんですよね。

2つ目が、BtoC寄りの仕事をしてみたいという思いです。村田製作所は主にBtoBの製品を扱う会社なのですが、働くうちに世の中に直接アクセスできるような仕事をしてみたいと思うようになり、新たに生み出すチャレンジを志すようになりました。

3つ目は、仕事のマンネリ化を感じるようになったから。エンジニアとして楽しく仕事をしていたのですが、10年以上経ってマンネリ気味になっている自分に気づいたのです。定年までの20~30年、情熱を持って働き続けるにはどうしたらいいか考えた時に、出た答えの1つが新規事業の立ち上げでした。できるだけ早く新規事業に携わりたいという思いがあったので、加速させるための経験としてレンタル移籍に応募しました。     

――その中で選んだ移籍先ベンチャーが、クロスフィールズだったのですね。

はい。新規事業の立ち上げを経験したかったので、社員10~20人くらいの規模感で、ゼロから事業を立ち上げている段階の組織に入りたいという思いがありました。また、社会課題に踏み込んだ活動をしたいとも思っていました。その点で、国内外の社会課題の現場と企業で働く人をつなぐクロスフィールズはマッチしていたんです。

あと、小規模の組織では、代表の人柄が大事だと感じていました。クロスフィールズ代表理事の小沼大地さんのインタビュー記事を読むと、「青年海外協力隊としてシリアに赴任した後、日本に戻ると、社会に出た大学の同期の目が輝きを失っていた」というエピソードがあったんです。

その中で、「情熱を持てずに仕事をするのは社会の損失だ」といったことを話されていました。仕事に対する情熱を大切にする小沼さんの感覚に強く魅かれて、この人のもとで働けたらすごく面白そうだなと感じたんです。

ほとんど行動に移せなかった1ヶ月

――移籍が始まり、環境の変化などに戸惑いはなかったですか?

新しい環境や新しい人に出会うことが好きなので、ネガティブな感情はなかったです。クロスフィールズの皆さんも気さくでコミュニケーションが上手な方ばかりだったので、苦労なく馴染めました。

――好調な滑り出しだったのですね。任された業務は、どのようなものでした?

2021年3月に経済産業省が「STEAMライブラリー」という中高生向けの教材をまとめたオンライン図書館を立ち上げたのですが、コンテンツを作成する団体としてクロスフィールズも参画していました。そのコンテンツの1つのプロジェクトマネジメントというポジションを任されたんです。

――具体的にはどのような役割だったのでしょう?

「STEAMライブラリー」に納品するコンテンツは、社会課題の現場を投影した360度映像をVRゴーグルやタブレット端末で見て疑似体験する。さらに、その課題に向き合うNPOの代表や社会起業家の視点を通じて課題の複雑さに気付き、課題を多面的に捉えるというものでした。どの社会課題を取り上げるかという企画から、NPOの代表や社会起業家にインタビュー収録させていただき、授業で使う映像や投影資料などを共同制作、現場でコンテンツを活用する学校の先生とも連携してトライアル授業を行うなど、コンテンツにかかわる最初から最後まで担当しました。

――企画に発注、進行のマネジメントなど、あらゆる業務を担ったのですね。

村田製作所での業務と違いすぎて、最初は何をしていいかわからなかったです。どの社会課題を取り上げるかも決まっていなかったのですが、アイディアが全然湧かなかったんですよね。

“VRコンテンツを作って届けることで、実際に見た学生に「自分ならこの社会課題に対して、こんなアクションを起こせるかもしれない」と感じてほしいし、そういった人材を育てたい”というクロスフィールズの思いには共感していたのですが、解像度を上げて具体的な内容に落とし込んでいこうとしても、何も浮かばなかったんです。

――アイディアを生み出すために、どんな動きをしていたのですか?

並行して4つのコンテンツ制作が進んでいたので、他のチームの打ち合わせに参加したり、他のプロジェクトマネージャーに張りついて仕事を見たりしました。でも、いざコンテンツの中身を考えようとしても、何をどう発想していいかわからず、見ているだけのような時期が続いたんです。

結局、「STEAMライブラリー」のプロジェクトをまとめるリーダーの方が「海洋プラスチックの問題を扱おう」とテーマを決めてくれたのですが、今振り返ると、能動的に動ける部分はたくさんあったと思います。ただ人の仕事を見るだけでなく真似して1個1個やってみるとか、未完成の企画でも提案してみるとか。動き方もわからず、実際に動くこともできないまま、移籍開始から1ヶ月半くらいの時間が経ってしまいました。

できることから始めて得た「カスタマーの視点」

――その後、どのような変化があったのですか?

小沼さんから「このままだと共感VR事業のチームから外れてもらうことになる」と、言われたんです。何の成果も出していないので、チームに貢献できていないし、僕自身の学びにもなっていないし、もっともな評価だったと思います。ただ、外されてしまっては事業立ち上げの経験が得られず、レンタル移籍そのものの価値もなくなってしまうので、ここで変わらなければダメだという強い危機感を覚えました。

――どのように変わっていったのでしょう?

このタイミングでメンターの德永さんに相談したんです。その時に、「とにかくチームに貢献できることをやっていくことが大切」という言葉をいただきました。そこから今の自分でもできる業務を見つけて、率先して動くようになったんです。トライアル授業のための数十台のiPadの準備やトライアル授業を行う学校とのスケジューリング、先生とのやり取りなど、誰がやるか決まっていない業務が結構転がっていることに気づきました。

Slackでのチームメンバーのやり取りをより丁寧にチェックするようにして、自分ができる業務を見つけ、チームに貢献することを念頭に置いて動いていきました。

――できることからやっていくという動き方に変えたことで、プロジェクトへの向き合い方も変わりましたか?

変わりましたね。何もできなかった頃は、チームに受け入れられていない錯覚に陥って、自己肯定感が持てなかったんです。メンバーから責められるようなことはなかったし、むしろ見守ってもらっていたのですが、何もしていない後ろめたさがありました。

だけど、小さな事柄でも自ら動くことで、チームに貢献できた実感が湧いて、チームやプロジェクトに対して、より愛着を感じるようになっていったんです。チームメンバーとのコミュニケーションも自然と生まれて、より良い方向に変わっていく感覚がありました。

――コンテンツ制作も徐々に動き出していったのですか?

はい。ポジティブなマインドに変わっていったタイミングで、海洋プラスチック問題の解決を目指す一般社団法人ピリカの代表理事・小嶌不二夫さんにインタビューをしたんです。海洋プラスチック問題に取り組むきっかけや活動の意義、やりがいを伺いました。

小嶌さんの話を通じて、現場に出ないとわからない事実や問題の本質を知り、ピリカの理念や活動の意味をより深く理解し、共感することができたんです。同時に、小嶌さんの思いを広く伝えることで、僕のように共感し、活動を応援したくなる人が増えるだろうという思いも抱きました。

そして、今作ろうとしているコンテンツを通じてピリカの思いに共感する人が増えれば、社会課題の解決に貢献できるという、クロスフィールズの目指す先も具体的に見えるようになったんです。コンテンツ制作に対して思いを乗せて、より真剣に取り組めるようになったターニングポイントですね。

――澤井さん自身が受け手の視点に立てたことが、大きな気づきになりましたね。

まさに、自分自身がカスタマーの感覚になれたことは大きかったです。どのような映像を撮れば学生にもわかりやすいか、どのような資料を作れば先生が使いやすくなるか、小嶌さんのインタビューのどの部分を使えばメッセージが伝わるか、それぞれの事柄に関して受け手の視点に立って取り組めるようになりました。ずっとリーダーの方から「学生目線、先生目線に立っていますか?」と言われていたのですが、ようやくその意味を理解できたのです。

後半はチームにも貢献できるようになり、担当していたコンテンツも納品に間に合わせることができました。

自分主導で進めた「未来へのつながり」

――「STEAMライブラリー」のコンテンツを納品してからの業務はどのようなものだったのでしょうか?

最初の企画段階で主体性を持って取り組めなかったことへの後悔があり、不完全燃焼のような感覚だったので、残り2カ月でもうひと仕事したいという思いがありました。

小沼さんをはじめクロスフィールズの皆さんも「澤井さんにもっと経験を積んでほしい」と思ってくれていて、やりたいことを考える時間を1週間ほどいただいたんです。

――どのようなことを思いつきましたか?

学生向けのコンテンツを作った経験から出てきたものは、同じく360度映像と当事者のインタビューを活用して企業向けコンテンツを作ることでした。社会課題への理解を深めるコンテンツを、学生だけでなく企業に勤めるビジネスパーソンにも届けることができれば、世の中へのインパクトがさらに強まると考えたのです。

クロスフィールズ内でも、企業向けに展開しようというアイデアは眠っていたので、組織の方針を汲みつつ、自分主体で形にできるのではないかと考えました。

――クロスフィールズの意向ともマッチしたんですね。ただ、2カ月しかなかったんですよね。

そうなんです。コンテンツを作り、企業に営業をかけるとなると間に合いません。そこで村田製作所に声をかけたんです。村田製作所でもSDGs視点の事業展開を始めたところで、社会課題を体感するワークショップのニーズがあると確信したからです。

クロスフィールズからも村田製作所からもOKをいただけたので、村田製作所に伝えたいことをチームメンバーと議論しました。そして、タンザニアの未電化地域で電力サービスを展開するWASSHA株式会社と制作したコンテンツを企業向けプログラムに改編し、クロスフィールズ内でトライアルを繰り返し、実際に村田製作所でワークショップを開催することができたんです。

――反響はいかがでしたか?

村田製作所のメンバーからは「最初は澤井さんのよしみでやろうという意識だったけど、いざ参加すると、すごく意義のある時間になった」と、言ってもらえました。実は、僕が村田製作所に戻ってからも、「クロスフィールズのサービスを活用したい」という話が出ているんです。

また、小沼さんからも、「企業向けコンテンツのベースを澤井さんが作ってくれた」という言葉をいただき、プログラムの企画から実施までを最後までやり遂げられたことの喜びを感じました。

ゼロから企画を考えて、対外的に発信するところまで持ってきたことは、それまでの社会人人生の中でもなかった経験で、純粋に楽しかったです。自分が考えたものをカタチにするって、高いモチベーションになるんだなって。

――その経験が両社で評価され、その後もプラスに働いているのは、素晴らしいことですよね。

社会課題を世の中に広めたいという思いの芽生えとともに、クロスフィールズの成長にも貢献したいという気持ちも強くなりましたし、村田製作所にも意味のあるものを届けたいと感じたので、すべてをつなげることができて素直にうれしいです。

クロスフィールズにも村田製作所にも、双方にとって価値のあることができたのではないかと感じています。

新規事業創出のキーワードは「強い想い」と「顧客目線」

――改めて移籍を振り返って、どのような学びが得られましたか?

一番大きな学びは、「実現させたい」という想いを持つことの重要性を知れたことです。

移籍に行く前は「新規事業を創出するノウハウを学ぶ」というイメージがありました。実際に学べた部分もあるのですが、それ以上に“想いがないと始まらないし、やり切れない”ということを実感したんです。強い想いがあるから動けるし、トライアルアンドエラーを繰り返しながら周りを巻き込むことができるんだと。

僕はもともときちっと考えてから動きたいタイプだったのですが、準備したからうまくいくわけではないんですよね。未完成だったとしても、強い想いを持っていれば動けるし、周りにも伝わるのだと学べたことが大きな収穫です。

――事業を立ち上げる現場に参加したからこその発見といえそうですね。

そうですね。そしてもう1つ重要な学びが、顧客目線に立つこと。ピリカの小嶌さんへのインタビューの際に気づいた視点です。

「新規事業に取り組むうえで、お客さんの声は大事」という話を聞いたことはありましたが、この半年間で実感できました。消費者や社会が求めている部分にアプローチすることの有効性を知れたし、それに応じてこそ価値のあるモノやサービスになるという視点を得られたことは大きいです。

村田製作所に戻ってから感じていることですが、大企業だとどうしても自社の技術ありきで事業を考えてしまいがちです。それは有効な時もあるのですが、やはり社会に新しい価値を生み出すことを考えると、社内だけに留まっていてはいけないと感じます。改めて、顧客や社会の声に耳を傾けていきたいですね。

人とのつながりによって広がっていく「可能性」

――村田製作所に戻ってからは、新規事業に関連する業務についているのですか?

元の部署であるセールスエンジニアの部署に戻ってきました。なので、新規事業に直接関われているわけではないのですが、上司から「新しいことを提案してほしい」と言われていますし、今の部署にもSDGsの考え方が取り入れられているので、経験を活かせる場面はたくさんありそうです。最近、会社のニーズに合う社会貢献に向けて動き始めたところです。

――そうなのですね。具体的にどのように動いているのでしょう?

社会課題解決に向けた事業を担当するチームが社内に発足したので、そのチームとクロスフィールズで座談会を行う場を設け、今回の経験をお話しました。その後、チームの方から声を掛けてもらい、教育、海洋プラスチックに関する意見交換したところ、「澤井さんの経験が参考になりました」「追加で海洋プラスチック問題について聞かせてほしい」とも言ってもらっていますし、僕もできる限り貢献したいと考えています。

それから、外での動きでいうと、他社とクロスフィールズをつなぐこともできたんです。村田製作所だけで考えるのではなく、他の会社も巻き込んでいけたら、やりたいことの選択肢も実現性も広がるのではないかと感じています。

今の僕は村田製作所のセールスエンジニアではありますが、部署や会社という枠には捉われず、社内外の人に声をかけて巻き込み、社会貢献につながる新しい価値を生み出していきたいです。

――この半年間で、世界が広がったのではないでしょうか。

自分次第でつながりは広げられることに気づけたし、フットワークも軽くなりました。人に声をかけると、いろいろなリソースが見つかり、視野も、できることも広がっていくことを実感しています。

――ちなみに、澤井さんが考えている社会貢献とは、どのようなことでしょう?

さまざまな社会課題の中でも、特に意識しているのは地方創生の分野です。村田製作所の社員だからこそ、地方創生に関心が高いのだと感じています。

村田製作所の社会・地域貢献活動基本方針に、「そこにムラタがあることが、その地域の喜びであり、誇りである企業」があります。国内の複数箇所に工場を構える村田製作所にとって、地域と共に成長することは大きな課題であり目標なので、そこにつながる事業を考えることは必然といえると思うのです。

まだ具体的な内容まで落とし込めてはいませんが、単に利益を拡大するための新規事業ではなく、地方創生につながるようなことを考えたいと強く思っています。

半年というレンタル移籍期間、身動きが取れずに立ち尽くしてしまう時期もありましたが、周囲の支えや激励によって顔を上げてから、主体的に動けるようになっていった澤井さん。「新規事業立ち上げに役立つ経験を得る」という目的を達成するだけでなく、あらゆる事柄に通じる“強い想い”の重要性に気づきました。これから、周囲に働きかけながら、“想いがあるから動ける”を体現してくれることでしょう。

Fin

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【レンタル移籍とは?】

大手企業の社員が、一定期間ベンチャー企業で事業開発などの取り組みを行う、株式会社ローンディールが提供するプログラム。ベンチャー企業の現場で新しい価値を創りだす実践的な経験を通じて、イノベーションを起こせる人材・組織に変革を起こせる次世代リーダーを育成することを目的に行われている。2015年のサービス開始以降、計53社 153名のレンタル移籍が行なわれている(※2021年9月1日実績)。

 

協力:株式会社村田製作所 / 特定非営利活動法人クロスフィールズ
インタビュアー:有竹亮介(verb)
撮影:宮本七生

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