「大企業で10年かかるような経験をたった1年で経験できるチャンス」日産自動車株式会社 金杉安芳さん

期間限定でベンチャーで働く日産自動車株式会社のプログラム・Venture Challenge Program。これまで大企業経験しかない社員が、たった一人でベンチャーという未知なる場所へ冒険に出かけます。その道中では、不安や戸惑い、さまざまな葛藤を経験するわけですが、そんな時に支えになるのが慣れ親しんだ自社の仲間や上司だったりします。

そこで今回は、日産自動車から代替肉の研究開発を行うフードテックベンチャー・ネクストミーツ株式会社へレンタル移籍された斎藤俊輝さんの上司である、金杉安芳さん(マーケットインテリジェンス部門・部長)に、ベンチャーへ送り出した側の視点から、お話を伺いました。なぜ、大事なメンバーが1年もの間ベンチャーへ行くことを後押しし、サポートしたのか。その背景を伺いました。
(※ 本記事は2023年4月にインタビューしたものです)

越境体験が自社や自分を振り返る機会になる

――金杉さんは、斎藤さんがVenture Challenge Program(以下、VCP)に立候補したとき、「やってみたら」と背中を押されたそうですね。驚きはありませんでしたか。

そうですね。多少は驚きましたが、我々の部署は新しいことに関心が強い人が多いので、そこまで意外ではありませんでした(笑)。なので、 斎藤さんが立候補した際も、「合うと思うからやってみたら」と伝えました。

部署内には、以前から自社で実施している「海外赴任プログラム」にチャレンジしているメンバーもいて、新たな環境での経験が彼らの血肉となっていることを私自身が感じていたことも、すぐに応援できた理由の1つですね。ベンチャーという刺激的な場所に行くことで貴重な経験の 機会になる、という予感がありました。

なので、斎藤さんがまずは社内選考を通過する必要があるので、そこからサポートしました。社員が情熱を持って何かに取り組むのはいいことなので、ぜひ受かって欲しいなと。

――外で新しい経験を得ることにかなり肯定的だったのですね。

新しいことにチャレンジすることはとてもいいことですよね。なので、こういう機会があったら、部署のメンバーには「プログラムを受けてみたら?」と、 積極的に声かけしています。

――上司がそうやって声をかけてくれると、安心して一歩踏み出せると思います。ちなみに、金杉さんご自身の越境経験から後押ししている部分もありますか?

それもあるかもしれません。越境といえるかはわかりませんが、私自身、転職を経験していますし、一時期、日産自動車と資本提携をしてい る外部の自動車メーカー複数社と連携する業務を担当していたことがありました。社外の組織と関わりを持つことで、自社や自分を客観的にとらえることができました。

自社の位置づけや自分のポジションというのは、社内にだけいるととてもわかりにくい。でも外に出てみたことで、それが見えてくるということを実感しました。なので若いメンバーにも「積極的に外に出たほうがいい」という話をよくしています。

担当領域が広いことで広がる「視野」

――そうして斎藤さんを外に送り出したわけですが、ベンチャーでの働きぶりを見ていて、どのように感じましたか?

視野の広さ、視座の高さの部分での成長を感じましたね。移籍する前の斎藤さんの基本姿勢は、「部署やチームが担当する仕事を確実にやり切る」でした。部内でやることが決まっていて、上流工程から受けたバトンを下流工程にキッチリと渡すことが重視されているからです。私 たちとのコミュニケーションも「これができました」「こういう方向で進めています」という進捗報告がほとんど。

しかし、ベンチャーに行ったことで、働いている時間のほぼすべてにおいて、新しいことを考えなければ前に進まないという状況を経験していまし た。手がける事業はメンバーの誰もやったことがないこと。決まったルールもプロセスもないから、斎藤さん自身が新しいことを考えなければいけない状況だったようです。

――その結果、視野や視座に変化が生じたと。

そうだと思います。アイデアを出して失敗したらなぜうまくいかなかったのか振り返るということをひたすらやっていたようです。

たとえば営業においてうまく行かなかったとしたら、その原因はアポイントの取り方だったのか、営業トークがいけないのか、それとも予算の使い方なのか。ものを売る仕事に関するあらゆる部分を見ることで、視点が広がったのだと思います。

移籍中も月1回、1on1で話す機会があったのですが、移籍が始まった頃の彼は一つひとつの小さな失敗に悔やんでいましたが、後半は事業全体を見ながら「どうしたらうまくいくんだろうか」と、広い視野・高い視座でとらえ、前向きに考えられるようになっていました。

――そうした広い視野、高い視座を持つことは当然大企業においても重要になってきますね。

当社においても、若いメンバーの視野を広げ、視座を上げることは以前から課題だと感じていたので、本当にいい経験をしているなぁと感じました。

組織が大きいと、分業制が進んでしまうのは仕方ないことで。当社の場合、入社から2〜3年は同じ部署にいて、4年目以降にジョブロー テーションを考え始めるのが一般的なキャリアだと思います。そのため、10年働いても経験できるのは2〜3部署。経験が偏るので、当然視野も狭くなってしまいます。

その点、ベンチャーはメンバーが少ない分、個々の担当領域が広く、それぞれが事業のほぼすべてを見ざるを得ない。特に斎藤さんは任され る領域が広かったため、かなり視野が広がったのではないかと。

――自社でも生かせそうですね。

戦略を全体でとらえるという意味で、とても生きると思います。視野の広さは、さまざまな利害関係者が関わる中で最適解を出す、という思考のパターンにつながりますから。斎藤さんにはマーケティングをリードする部署で、今回の変化を生かしてもらいたいと思います。

――斎藤さんが”いい経験”ができた背景には、ベンチャーの規模感も影響していそうですね。

大きすぎても小さすぎても、経験を積みにくいのかなと思いますね。規模が小さすぎるとそもそも十分な経験ができなかったり、一方で、規模が大きすぎると大企業と同じように業務の細分化が進むので、広い視野は得にくくなるのではないかと。

――移籍先はやはり“ものを作って売るベンチャー”のほうが相性が良い。などはありそうですか?

日産自動車がものを売る会社なので、ものを売る業態のほうが親和性は高く、移籍の経験を生かしやすいと思います。個人的には AI技術を応用した会社にも行ってみてもらいたいのですが(笑)。

多様な経験を短期間に積めるチャンス

――改めて、今後はどのような人がベンチャーへの挑戦に向いていると思いますか。

自社でいうと、部署は関係ないと思います。意欲ある人が参加できるよう、オープンに募集したほうがいいですね。それからなるべく若い頃から経験した方がいいかなと思うので、若手の方に積極的に手を挙げてもらえたらいいんじゃないでしょうか。

あとは、私も転職の経験があるのでわかるのですが、会社が変わると人間関係もアウトプットの質も大きく変わるので、社内での異動を1回く らい経験しているほうが馴染みやすいと思います。異動経験のない人が、いきなり新しい環境で「自分で考えて働いてみて」って言われるのは、 ちょっと酷な感じもしますし。異動経験がある人は、ぜひ次のステップは外への越境にチャレンジしてほしいです。

――改めて、今後VCPを活用していく上で、どのようなことを期待されていますか?

やはり広い視野、高い視座の獲得ですね。この2つは社内にいるだけではなかなか育まれないものなので、外に出ることで得てきてほしい大事な要素です。

当社がVCPや海外赴任のプログラムを進めている理由は、次世代の経営層の候補者を増やす一環でもあります。そういう意味でも、研修 ではなく実経験を通じて獲得するという意味はとても大きく、あとあと生きてくるんじゃないでしょうか。

加えて、優秀でやる気のあるメンバーには、できるだけ多様な職種を経験させたいという個人的な思いもありまして。外で豊富な経験を得られるVCPは貴重な場だと感じています。早い段階で経験を積ませることで、経営判断の一翼を担うメンバーを育成できるのではないかと期待しています。

――ベンチャーという小規模かつ成長段階にある組織で多様な経験を積む。それはVCPならではかもしれませんね。

社内で10〜15年かけて広い視野を育むことを考えると、VCPは短期間でそれを得ることができますから。

それから、「失敗できる」のもいいところですよね。大企業だと若手であっても失敗しにくい面がありますが、すべてが新しい試みのベンチャーであれ ば、失敗そのものが会社にとっても本人にとっても学びになる。もちろん失敗せずに成果を出せたらベストですが、失敗できる環境に身を置い て、どんどん新しいことにチャレンジしていって欲しいですね。

Fin

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協力:日産自動車株式会社
インタビュー:有竹亮介(verb)

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