「ベンチャーから戻って3年。なぜ、新会社を立ち上げることができたのか?」NTT西日本(NTT PARAVITA株式会社へ出向中) 新田一樹さん
NTT西日本ではたらく新田一樹さんは、2017年、ヘルスケア・ベンチャーであるトリプル・ダブリュー・ジャパン株式会社へレンタル移籍し、事業開発に携わった。
あれから3年が経った。新規事業部門に配属となった新田さんは、2021年7月、パラマウントベッド株式会社とNTT西日本との合弁会社であるNTT PARAVITA株式会社の設立を成功させていた。同社はICTを活用したヘルスケア事業を主とする会社であり、これは新田さんの情熱から始まったプロジェクトでもある。ベンチャーに行き、「圧倒的当事者意識」を経験したことが、今回の結果につながったと話す新田さん。1年3ヶ月に及ぶベンチャー経験が、今回どのように活きたのか? 戻ってからのストーリーを語ってもらった。
他人任せの人生が、変わった
振り返れば、4年前の僕は、「自分は何もできないです」って言っている人間でした(笑)。でも、ベンチャーでの経験が僕を大きく変えてくれました。今なら、どんなことにでも挑戦できる気がしています。
ーーーまず最初にこれまでのことをお話ししますと、20代後半は、悶々としながら働いていました。
僕がNTT西日本に入社したのは2007年。最初は、地域にある関連会社でフレッツ光のインフラ構築のエンジニアとして勤務していました。その後、つくばの研究施設に異動して、インフラの基盤を研究・開発しているセクションで、開発に携わっていたんです。
ただ数年経って、仕事を一通り経験して慣れてくると「もうそろそろ別のことがやりたい」と感じるようになって、その後、本社のサービス開発部門に移ることになりました。
「熱くなれるものを見つけたい」
と思いながらも、どうしたらそれが見つかるのかわからず、転職も視野に入れながら日々を過ごしていて。
というのも、心のどこかで「外の世界を経験したい」という思いも強くあったんですね。そんな時にベンチャーに行けるレンタル移籍の制度が社内にあることを知って、おもわずエントリーしました。30歳の時でした。
行き先は、排泄予測デバイス「DFree」を開発・販売しているトリプル・ダブリュー・ジャパン。これまでにない新しい介護領域に可能性を感じました。その頃、to Bだった「DFree」を、to Cでも展開しよう話になっていて、僕は個人向け「DFree」の事業開発担当として、サービス開発からローンチまでを1年3ヶ月、経験させてもらいました。
在籍中は、社長からの「できる?」の無茶振りの連続で(笑)。全然やったことがないけど自分がやらないと誰もやる人がいない、という環境だったので、できるかできないかじゃなくて、とにかくやるしかなかったんですね。
そうした中であらゆる経験をさせてもらったのですが、何よりも、物事を”自分ごと化”して捉えられるようなったのが大きな変化でした。
それまでの自分は、何かと「どうしたらいいんですかね?」と人にこたえを求めがちだったり、他責してしまったり。それを、まずは「どうしようかな?」って自分で考えるようになった。実は、こうしたことが今回の新会社設立の動きにもつながっています。
移籍当時の新田さん(左)とトリプル・ダブリュー・ジャパン 代表 中西さん(右)
想いに突き動かされて
ベンチャーから戻ってきたのが2018年10月。新規事業開発部門へ行くことになって、具体的には、住宅関連のプロジェクトと、これから始めるヘルスケアのプロジェクトにアサインされました。僕としては、これといって具体的にやりたいことがあったわけではないのですが、新規事業がやりたいとは思っていたので、ベンチャーでの経験を活かそうと意気込んでいました。
ただ、ベンチャーから戻ってきたばかりということもあって、スピード感の違いや社内の意識決定過程の全てに違和感が積もって。
「自分はベンチャーの方が向いているかもしれない」
なんて考えるようになったり、「ベンチャーに戻りたい」、そんな風に思うことも正直ありました。今となっては、大企業ならではの専門分野が分かれた分業体制で、自組織の知見を最大活用し意思決定を行い、判断ミスを防ぐため仕組みだとわかるのですが、当時はベンチャーのやり方が染み付いていたので、「もう無理かも」と投げ出しそうになることも。
ただそれから3ヶ月くらいして、ある出会いによって変わりました。別の部門から、「認知症検知のプロジェクトを事業化したい」という打診があったんです。立ち上げた本人の原体験を元にした、想いが詰まったプロジェクトでした。既にスタートアップと共同で技術開発しているなど、プロジェクトとしても推進力を持っていました。
僕のいる部門としては、すぐに事業化していくことは難しいだろうという判断になったのですが、僕自身はとても共感して。こっそり、
「一緒にやりたいと思ってます」
って彼らに連絡をして(笑)、関係を深めていきました。
ベンチャーでのやり方を再現
その後改めて、いいプロジェクトだと思いましたし、実現をサポートしたいと考えるようになって、会社に対して「新田はこのプロジェクトをやります!」って宣言しました。
その後、正式に「認知症検知のプロジェクト」にメンバーとして加わることに。会社は「新田の好きにやらせておけ」という感じでしたので、好きにやることにしました(笑)。
まずは、ベータ版であっても、一回世の中に出した方がいいと、チームに提案してみたんですね。というのも、他のメンバーは開発側の人たちだったので、ビジネスサイドは僕ひとり。事業化は自分がやらなければという感覚で動いていました。
ベンチャーで動いていた頃を思い出しながら、まずは足を使ってユーザーを探そうと、可能性がありそうなところに片っぱしから売り込みをして。予算確保や社内調整も大変でしたが、良いチームでしたし、自分で意思決定して進めることに充実感を覚えて、ようやく楽しさを感じられるようになりました。
この頃にはもう、ベンチャーに行きたいという気持ちは薄まっていました。ようやくモヤモヤとしていた気持ちが、「このプロダクトを世の中に出したい」という熱い気持ちに変わって。新メンバーも加入するなどもマンパワーも増えたり、海外の展示会で発表した際は好感触を得られたり、順風満帆でした。いい意味で任せてもらっている状態で、
「自分のプロジェクトです!」
って言えるのも嬉しかった。
海外遠征・展示会の時の1枚。写真左が新田さん。
不確実な中で、新会社設立にかける
そんな中で、上司が変わったんです。新しい上司は、これまでに二社、事業会社を作った経験のある方で、うまくサポートしてもらいながら、実現に向けて一緒にも動いてくれました。
上下関係というよりは壁打ち相手のような感じで。僕からも「自分はこう思う。こうした方がいい」など意見を言える関係でした。
ある時その上司が、「新会社を作ったらいいんじゃないか」という提案をしてくれたんです。「本体で新規事業をやるより、会社を作った方がいい」って。僕は、そもそも新会社を作るなんて発想がなかったですし、会社なんてそんな簡単に作れるんだろうか? って。そしたら上司が、
「なんで会社化が無理だと思うの? できないと思っているからだよ。最初から会社化しますって言ったらできるよ」
って言ってくれて。改めてこの1年振り返ってみた時に、確かに好き勝手に楽しくやれていたけど、まだまだ何一つ形になっていないし、人を巻き込む求心力や推進力、経験値の不足を感じていました。なので新会社を作ることで、より事業化に向けて加速させられると確信して。「会社を作って事業化させたい!」という思いになりました。
それから、上司と一緒に設立に向けて動き出したんです。ですが、そう簡単にはいきません。社内の議論を重ねるのに相応の時間を要し、会社設立が難航。なかなか合意を得られないもどかしさを感じながら、過ごしていました。
一方で、いざ会社設立ってなった時にすぐに動けるよう、「今がチャンスだ、磨け!」じゃないですが、サービス開発周りの精度を上げるなどの動きに集中していました。ただ、途中でコアメンバーが去っていくという出来事もあったりして。気持ち的には不安定でした。
僕も以前だったら、嫌だって投げ出していたかもしれませんが、自分が前を向いてやらないといけないという使命感や、僕きっかけで関わってくれている人もいるから辞められないという責任感が相まって、
「ダメって言われるまで、最後までやりきろう!」
と決めて、ただ突き進んでいました。
圧倒的当事者意識が支えてくれた3年間
それから約1年が経った2021年7月。
各所の合意がようやく得られ、無事に新会社「NTT PARAVITA株式会社」が誕生しました。オンラインヘルスケアサービスを提供する会社です。
会社設立時、関係者との1枚。前列中央左が新田さん
プレスリリースを出す前日、実は、ベンチャーに行っていた時に周りの方々がくれたコメントなどを見返すなどして、これまでの日々を思い出していました。
ベンチャーから戻ってから最初の頃は、「もう無理かもしれない」とか思いながらも、「しっかり実績を出したい、こうした経験をさせてくれた恩返しがしたい」という思いもあって、なんとか保っていた部分もあったように思います。
ただ僕は、自分のためより人のための方が頑張れるタイプ。そうした自分の着火ポイントもベンチャーで知ることができた。だからこそ今回、想いを持ったプロジェクトに出会えたことで、スイッチが入り、動くことができました。
また、ベンチャーでの事業開発経験によって、
・一回でうまくいくわけがない。事業を軌道に乗せるのは本当に難しい
・新しいことをやるには、不確実な中で進めるのが当たり前
・お客様を見て仕事をすれば心が折れない
・「圧倒的当事者意識」を持つことが大切
こうした経験をしていたので、進めていく上で自信にもなりましたし、先が見えない中でも頑張れたと思うんです。
中でも、やるのは自分しかいないという「圧倒的当事者意識」は本当に大事。思い込みでもいいから「自分しかできない」「自分しかやる人がいない」って思って突き進むことが、やり続ける上で大事なことだと、今回の件で改めて思いましたね。
やっぱり、そうした当事者意識があってこそ、熱量が高まり、周りを動かす力となるからです。今でも忘れられない上司の言葉があります。
「新田さんが一生懸命やっているから、最初は手伝いをするつもりでプロジェクトに入った。でもやっていくほどに自分がこの事業をやりたくなってしまった。僕は新田くんに巻き込まれたんだよ」
いつか、熱量を持って物事を動かしていく人になりたいと思っていたので、本当に嬉しかったですね。
今はようやくスタートに立てたばかりで、まだまだできないことだらけですが、もうあの頃のように「僕、何もできません」とは言いません(笑)。できるできないではなく、どんなことにでも挑戦していきたい。周りを巻き込みながら、早く、事業を成長フェーズにのせていきたいですね。
Fin
▼ 関連記事
新田さんの移籍中のストーリー
https://loandeal.jp/loandeal-nttwest-20190115
協力:NTT西日本 / トリプル・ダブリュー・ジャパン株式会社
文:小林こず恵