「NPOに飛び込んで見えた、大企業の可能性」住友生命保険相互会社 佐久間 弘美さん


「コミュニケーションは得意だと思っていたのに、こんなに苦労するなんて」。住友生命保険相互会社(以下、住友生命)の佐久間弘美(さくま・ひろみ)さんは、レンタル移籍の1年間をそう振り返りました。佐久間さんは、認定NPO法人deleteC(以下、deleteC)へ移籍し、組織運営に奔走しました。
持ち前の明るさと住友生命で培ったコミュニケーション力を発揮するはずが、実際は上手くいかないことの連続だったという佐久間さん。それでも、「チャレンジしてよかった」と充実感を滲ませながら語ります。今回は、佐久間さんの1年に及ぶ挑戦について、インタビューを通して迫りました。

ネガティブをポジティブに変える挑戦

── 住友生命では、どのような仕事を経験されましたか?

新卒で入社して3年間は個人営業・法人営業をしていました。4年目からはマネージャーとして自分の営業チームを持つようになり、その後、50名規模の営業部の営業部長サポートとして営業職員に向けた研修や営業同行をしたり、近畿北陸管内の営業職員の育成に携わる業務をしていました。現在は、入社から10年を迎えています。

── 営業に関するキャリアを積み上げられてきたのですね。佐久間さんがレンタル移籍に参加した理由を教えてください。

「このままでいいのかな」という不安感が根源にあり、レンタル移籍への参加を決めました。当時は入社9年目のタイミングだったのですが、住友生命という環境に慣れすぎてしまった感覚があったんですね。何度か異動を経験させていただいていたものの、ずっと同じ会社に居続けることの不安感が拭えなかったんです。

そこで、レンタル移籍を通じて自分の視野や可能性を広げてみたいと思いました。住友生命という看板を取り除いたときに、自分がどの程度通用するのかを試してみたい気持ちもありましたね。上司も「チャレンジすることはいいことだよ」と背中を押してくれたので、挑戦することを決めました。

── 今回移籍先に選んだdeleteCについて教えていただけますか?

deleteCは、「がんを治せる病気にしたい」という想いのもと2019年2月に発足した団体です。誰もが参加できて、みんなでがんの治療研究を応援していける仕組みを作っています。具体的には、プロジェクトに参加する企業・団体がCancer(がん)の頭文字である「C」を消したり、deleteCのロゴやコンセプトカラーを使うなどして、​オリジナル商品・サービスを製作・販売・提供します。それを個人が購入することで、がんの治療研究への気づきや関心を生み出しながら、がんの治療研究に寄付するという仕組みです。

HPより抜粋

── 数ある移籍先の中、deleteCを選んだ理由は何でしょうか?

二つあります。一つ目は、deleteCが大事にしているバリューの1つである「あかるく、かるく、やわらかく」に共感したことです。

二つ目は、deleteCはがんという病気を「みんなの力で」治せる病気にしていこうと活動している団体で、deleteCが「みんなの力で」手繰り寄せようとしている世界に自分も飛び込んでみたいと思いました。

 私は住友生命で自分のチームを持っていたのですが、 自分が担当するまでは、成績が思うように出せなくて悩んだり、ネガティブな方向に進んでしまうメンバーもいました。 でも、目標を達成するため一緒に伴走することで、メンバー自身が今までできなかったことができるようになったり、 成果が出せるようになっていく姿を何度も見てきて、そのたびに嬉しい気持ちになっていたんですね(メンバーの親御さんから感謝のお手紙をいただいたこともあり、大変うれしく貴重な経験もしました!) 。

 またチーム内でのコミュニケーションも大切にしており、お互いにフォローしあうことで一人では難しいことも力を合わせれば実現出来るという経験もしていたので、deleteCの「みんなの力で」という想いにも共感しました。

── 移籍後は、どのような業務に取り組みましたか?

事務局の運営 を担当しました。住友生命では営業を経験していたこともあって、近しい業務内容である渉外も率先して任せていただきました。deleteCは、みなさん本業を持たれているプロボノの方々(専門知識や技能を生かして参加する社会貢献活動)で組織されていて、皆さん本職がある中で活動されています。住友生命で経験していたのは営業や育成だったこともあり、プロボノの方々に教えていただきながら、様々な仕事をキャッチアップしていきました。

事務局としては、問い合わせフォームの対応、請求書や契約書の窓口対応、マニュアル作成など。渉外担当としては、対企業さま窓口としてイベント協賛等の渉外、クラウドファンディングの推進など、多くの経験をさせていただきました。

焦りと不安でいっぱいだった自分を、支えてくれた人

── deleteCにはスムーズに馴染めましたか?

正直なところ、環境に馴染むのにはかなり苦労しました。特にコミュニケーション面には長期間悩んでいましたね。というのも、deleteCの活動はコロナの影響もあり、オンライン中心で、リアルで会うことは年に4、5回程度。deleteCのメンバーはプロボノでみなさん本業を持たれており、バックグラウンドがそれぞれ違う環境です。当たり前ですが価値観や感覚の違いがあったり、自分だけ専従で着任してるので人一倍頑張らないと、と思っていたところもあったと思います。

住友生命とのギャップが大きくて、どのように皆さんとコミュニケーションを取っていけばいいのかわからず、かなり悩みました。私はコミュニケーションが得意なタイプだと自己認識していました。だからこそ、思うようにいかない事実に打ちのめされたんだと思います。

それに、私にとっては初めての仕事だけれど、プロボノの方にとっては専門領域ということも多く、目線の違いを感じる機会が多々ありました。上手くいかなくて自分に嫌気が刺すことも……。

前向きな気持ちでスタートしたレンタル移籍でしたが、「つらいな」と思うことも少なからずありました。そんな私の姿を見てフォローしてくださったのが、メンターの出川さんでした。

── どんなフォローを?

自分が何を大事にしているのか、どんなことにワクワクするのかを見つけ出すワークショップを実施してくださったんです。移籍してから色々なことに追われる中で、自分にとって大切なものを忘れてしまっていたんですね。その頃は、土日もdeleteCメンバーから来るスラックに対して「すぐに返さなきゃ」と緊張感を持っていましたし、プライベートでは友人や同僚との交流の場にも行く機会が少なくなって、生活のほとんどをdeleteCに注いでいた感じでした。それだけ熱中していたというのもありますが、余白が全くない状態になっていたんですね。

ワークグラムをしてくださった出川さんのおかげで「自分はこんな人間だったな」と思い出すことができて、人生を楽しむことに今一度向き合うことができました。これまでは、変に真面目すぎたんだと思います(笑)。

── そんなことがあったのですね。移籍を通して喜びを感じたことはありましたか?

自分が関わったことが世の中に出たときは、とても嬉しかったです。たとえば、ある交響楽団さんとコラボして演奏会を開催したときや、製菓専門学校さんとコラボして学生考案のケーキや焼き菓子が販売されたとき。さまざまな人たちによって作り上げたものが無事に形になり、多くの方にdeleteCの取り組みを知っていただけて、感無量でした。

コラボ演奏会にて。一緒に活動した先輩との1枚・佐久間さん(右)
左:サッカー deleteCマッチのフォトブース / 右:売り上げの一部が寄付になるコラボ自販機

また、レンタル移籍を終えるときにも、素敵なことがありました。deleteCと関わりのある複数の企業さんに卒業の挨拶をさせていただいたところ、とある企業の担当者の方々が、わざわざ手紙とプレゼントを送ってくださったんです。「また仕事しましょう」と書いてあるお手紙を読んで、「住友生命の佐久間」ではなく、「佐久間」として、頑張りが認められた気がしました。
そして嬉しい出来事は、レンタル移籍卒業後も続きました。

── 卒業後も?

deleteC在籍時に取り組んでいたことなのですが、deleteC在籍中に出会った方々と住友生命を繋いで、卒業後にいくつかのコラボレーションを生むことができたんです。

さらに、一番感激したのは、住友生命の全社員4万人が視聴する映像にdeleteCを取り上げていただいたことです。映像では、deleteC代表理事の小国さんに出演いただきました。
deleteC在籍中に、住友生命のある部長にdeleteCの取り組みを熱弁したところ、その後、部長が映像化の企画を部内で進めてくださっていたんです。全社員にdeleteCの取り組みを知っていただけて、とても嬉しかったですし、改めて一人ひとりの行動を変えるかもしれない機会をくださった部長に感謝しています。他にも住友生命の方々からたくさんの応援をいただき、改めて住友生命っていい会社だなと実感しました。

── レンタル移籍中のご縁が、住友生命に戻ってからも生きたのですね。

住友生命の全社員が視聴したdeleteCの映像のラストカット

大企業は爆発的な変化を生み出せる

── 移籍期間を通して、学んだことを教えてください。

目的意識を持つことと、走りながら変えることです。
住友生命では、近い対象に向けて仕事をすることが多くありました。チームメンバーが少しでも成長できるように育成に取り組もうとか、成果が上がるように工夫しようとか、目的が常に見えやすい環境だったんですね。「メンバーのために」「お客さまのために」と、誰かのために踏ん張れることも多々ありました。

でもdeleteCに来てからは、「社会全体を変えていきたい」「こんな世界を築いていきたい」といった、今取り組んでいることの先の大きな目的に向かって仕事をする機会が増えました。その結果、「これ、何のためにやっているんだっけ」と目的に立ち返り、本質を見つめ直す回数が多くなったように思います。目的を見失ってしまうと仕事が単純な作業と化してしまい、足を止めてしまう危険性もあります。deleteCのおかげでその先にどんな世界を描きたいのか目的意識を持つ癖をつけることができました。

また、走りながら変えていくことの重要さも学びました。deleteCで渉外を進めていく中で、大幅な軌道修正が起こることが何度もありました。私は最初、それにすごく違和感を抱いていたんですね。大企業では、外部との交渉時に大きな方向転換は起きにくく、変わったとしたとしても一部分だけということがほとんどです。私自身、「先方に打ち出したからには、変えるのは良くない」という考えすら持っていました。

でも「軌道修正が生まれるのは、走っているからなんだ。変えることは悪いことじゃないんだ」と、あるタイミングでふと気付いたんです。仕事をフレキシブルに進めることの大切さを学ばせてもらいました。

── 大企業と違う環境だからこそ、得た気付きですね。レンタル移籍を経験して知った、住友生命の良さはありますか?

それぞれ細分化された組織がたくさんあって、多くのリソースがあることです。こんなにたくさんのリソースがある住友生命だったら、それぞれが力を合わせれば何かを爆発的に変えることができるんじゃないかと思います。deleteCの組織は住友生命と比較するととても小さいかもしれませんが、それぞれの「想い」とスピード感を武器にさまざまなことを叶えてきました。リソースが豊富な住友生命なら、また違った視点で世の中にインパクトを与えるような変化を生めるはずです。

── 移籍から戻られてからは、どのようなお仕事をされていらっしゃいますか?

住友生命には全国に約90の支社があって、それぞれに営業職員が200〜300名近く在籍しています。そして、その営業職員をまとめる支社スタッフが各拠点に10名くらい在籍していて、私は全国各地の支社マネジメント改革をする部署にいます。昨年新設された組織なのですが、対象のスタッフから課題をヒアリングしてフォローしたり、各支社の好事例を集めて全社に発信するモデルケースを作ったりする仕事をしています。

── マネジメントを行なう部門にいらっしゃるんですね。移籍経験が生きていると感じる点はありますか?

本当に幅広く業務をさせていただいたので、視野が広く、視座が高くなったのかなと思っています。目的を達成するためには、社内のどの部署が関係していて、どんなステップで誰に報告して、どのようなスケジュール感で……と、これまで以上に全体感を掴んで仕事できるようになりました。

あとは急いで取り掛からないといけない案件など、スピード感をもって取り掛かるのですが、「業務遂行が目的となっていないか」と立ち止まって考えるようになったと思います。

(住友生命・人事部門の畑さん(右)との1枚)

移籍期間を終えてからも、目標に向かって突き進む

── 佐久間さんは今後、どのようなことに取り組んでいきたいですか?

お客さまが病気になってしまった時に、お客さまに寄り添えるような営業職員を増やしていきたいです。deleteC在籍中にある方からがんに罹患されたご友人のお話をお聞きしたんです。

そのご友人は、保険には入っていたけれど、保険対象外の先進医療を受けようと、自費での治療の準備を進められていたそうです。お金を工面しようとしていたときに、残念ながら亡くなられてしまったと。その話を聞いたときに、保険があったら全てが解決するわけではないことを思い知らされました。もちろん頭では理解していたものの、保険があっても病気を治せるわけではない、保険があってもお客さまを必ず守れるわけではないことを、リアルに突きつけられたんです。自分に何ができるのだろうと考え込みました。

思案の末に、すごく小さいことかもしれないけれど、営業職員一人ひとりの医療リテラシーを上げることには取り組めるんじゃないか、と思いました。私たちは病気を治せないけれど、お客さまに寄り添うことはできると。

移籍卒業後、医師の方を招いて堺支社で実施した当社営業職員向けのセミナーは、そんな思いで開催した企画でした。セミナー講師として医師をお招きすることで、病気に関する知見を深めて欲しいと考えたんです。お客さまと関わる中で「新しい発見を生かしていこう」「お客さまに寄り添った行動をしよう」など、営業職員に何かしらの気付きを生めたのではないかと思います。こういった一人ひとりの気付きが積み重なれば、やがて大きな力になると私は信じています。

── 現在もさまざまな挑戦をされているんですね。今回のインタビューでは、移籍中の苦労もお聞きしました。率直にお伺いしますが、レンタル移籍に挑戦して良かったですか?

レンタル移籍にチャレンジして、deleteCにチャレンジして、本当に良かったです。NPOでがっつり働くことって、生涯でなかなかないと思うんですよ。まず、このような機会をいただけたことに感謝しています。

それと、様々なバックグラウンドを持つ方たちと創意工夫をしながら、一つのことを成し遂げる経験をさせていただいたことも貴重でした。deleteCに関わっている方々は、一人ひとり全力で想いをカタチにする熱い方々ばかりだったんです。そんな環境に飛び込んで、自分自身も熱中することができたのはすごくいい経験でしたし、今後の人生の糧になってくれるに違いありません。

佐久間さんの強みは、圧倒的な行動力があること。コミュニケーション面で悩んだ時期も、足を止めることは一切ありませんでした。レンタル移籍を終えた今は、次なる目標「病気に寄り添える営業職員を増やす」に向かって全力疾走中です。「会社の看板がない自分」で1年間トライした結果、多くの信頼を構築し、いくつものコラボレーションを生んだ佐久間さん。佐久間さんの次の挑戦に、エールを送りたいです。

Fin

【ローンディールイベント情報】

3/17「多様な人材を活かして伸ばす、ミドルマネージャーのあり方とは?」
今回のイベントでは、部下をレンタル移籍へ送り出した2社のマネジメント層の方にご登壇いただき、実例を交えてミドルマネジメントとしての取り組みについてお話を伺います。

協力:住友生命保険相互会社 / 認定NPO法人deleteC
インタビュー:早坂みさと
撮影:宮本七生

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