「外の世界に出て見えた“チームを動かしていく方法”」東芝テック 永井紘司さん-前編-


 POSレジやデジタル複合機などの開発を行う電気通信機器メーカー・東芝テック株式会社で、プリンティング・ソリューション事業本部に所属し、複合機を活用したソリューションの企画・開発を行っている永井紘司(ながい・こうじ)さん。入社3年目で現在の部署に異動し、それから9年以上、さまざまなプロジェクトに携わってきました。自ら手を動かし、開発に取り組むこともありつつ、メインの業務はソリューションの企画や開発のサポートだったそうです。社内のメンバーとのやりとりが中心の日々のなかで、上司から提案されたチャレンジが「レンタル移籍」でした。

 その頃、新規サービス立ち上げのプロジェクトに参加していた永井さんは、新規サービスを見据える企業、業種に関する知識が少ないことと新規サービス立ち上げや運用などの知識や経験が少ないことを危惧していたとのこと。そのタイミングでのレンタル移籍の打診だったため、ほかの企業で働くという経験を積むチャンスだと捉え、すぐに受けることを決めたといいます。

移籍先は、AI技術を活用したサービスの開発・運営を行っている株式会社GAUSS。IT企業だけでなく、新聞やアパレル、外食など、さまざまな業界と連携しているGAUSSでの業務に期待と希望を抱いた永井さん。移籍した2020年4月から9月の間に気づいたことは、自ら動き出す“積極性”と周囲を巻き込む“コミュニケーション能力”の重要性でした。


志望したのは「いろいろな業界に接点を持つスタートアップ」

――レンタル移籍前、東芝テックではどのような業務を担当されていたのでしょう?

 プリンティング・ソリューション事業本部に所属し、ソリューションの発案やサービスとして実現するためのプラットフォームの検討を行っていました。移籍する直前は、東芝テックのビジネスの柱となる新規サービスに関するプロジェクトに参加していたんです。

――ということは、開発を担う技術職だったのですか?

 自分でプログラミングなどを行う時期もありましたが、基本的にはソリューションを発案する側でした。開発部門が作業しやすいように、サポートする業務もありましたね。

 入社3年目から現在の設計・開発の部署にいるので、基本的にやり取りするのは社内の人だけ。プロジェクトをまとめるポジションに立つこともありませんでした。

――そのなかで、レンタル移籍を知ったきっかけは?

 2019年11月の中旬くらいに、上司から「レンタル移籍という取り組みがあるけど、興味ない?」って、声をかけられたのがきっかけです。他社の話を聞くと、レンタル移籍は社内公募で決めることもあるようですが、上司の推薦でした。

 当時の僕の業務内容的に、他社に移籍して学んだ経験がその後の業務に役立つと、上司も考えたのだと思います。僕が携わっていたプロジェクトは、会社にとっても重要なものだったので、そこへの還元が期待されていることは感じました。

――大役じゃないですか!? 永井さん自身の気持ちはいかがでした?

 新卒で東芝テックに入社してからいままで、他の企業で働くという経験をしたことがなかったので、外を知るいい機会になるのかなって思いました。

 その時の業務も、一緒に業務していたメンバーを含めて、手探りで進めていたこともあって、他の企業のやり方を知りたい気持ちも高まっていました。特にスタートアップは、新規事業の立ち上げから展開まで、うまく回しているという話も聞いていたので、そこでの経験は東芝テックに戻った時に活かせるだろうという期待もありました。

 だから、上司から声をかけられて、10~15分話しただけで、すぐに「行きます」って言ったんです。

――即決だったんですね。移籍先として、GAUSSを志望した理由は?

 「いろいろな業界にサービスを提供しているスタートアップ」が、1つの軸としてありました。

 東芝テックの業務では接点がない業界はたくさんありますが、その中に新たな顧客がいるかもしれない。進出できる余地を見出すには、その業界の状況を知る必要があるので、多様な業界と接点を持っている企業に行きたかったんです。

 その点、GAUSSは取引先が多様でした。各業界の状況を把握しつつ、課題も知ることができるのではないかと思って、志望したんです。

 あと、個人的にAIを用いたシステムの開発の興味があったので、提供しているサービス的にも、GAUSSは自分の希望にマッチしていました。

コロナ禍での移籍に不安、初体験の業務に期待

――規模も業務内容も異なる企業に出向くとなると、不安はありませんでしたか?

 GAUSSの取締役の方々と面談させていただいた時に、業務内容を聞けましたし、事前に概要をいただけたので、不安よりも期待の方が大きかった気がします。

――大きな不安を抱くことなく、移籍できたのですね。

 スタートアップで働くことに関しては不安はなかったのですが、移籍開始が今年の4月からだったんです。新型コロナウイルスの影響で緊急事態宣言が出るタイミングだったので、不安はありました。

――今後どうなっていくのか、判断できない時期でしたよね。

 そうですね。実際には移籍早々、テレワークになりました。戸惑いはありましたが上司の山田さんが、担当案件のお客様との打ち合わせを設定してくれていたんです。お客様の意図や要望を聞くことができたので、テレワークでも業務に取り組み始めることはできました。

――最初に任された案件はどのようなものだったのですか?

 最初のプロジェクトは、トマトの栽培に関するものでした。顧客企業がエンドユーザーである農家の方に提供するシステムの開発で、AIを用いて収穫量の予測をするというものです。僕は、そのプロジェクトの管理を任されました。案件を進めるうえでの顧客企業との議論や、開発の進捗・成果の報告が主な業務でした。

 ほかにも、開発に必要なデータの収集や精査、開発部門から出てくる実証実験の結果の確認や検証など、システムを組み上げる際のサポートのような役割も担っていました。

――東芝テックでもサポート業務はされていましたが、プロジェクトの管理も経験があったのですか?

 プロジェクト管理の教育を受けたことはありますが、実際に経験したことはなかったです。GAUSSでの業務は、初めての連続でした。

プロジェクト管理の課題は「コミュニケーション」

――初体験となったプロジェクト管理で、苦労しませんでしたか?

 プロジェクトマネージャーとなると、顧客の要望を聞いて、開発部門の方に依頼して、成果を出していくことが求められます。人の間に立つ経験がほとんどなかったので、すべてが難しかったです。東芝テックでは、お客様と直に接する機会がほぼありませんでした。だから、どのような内容をどのように聞き出せばいいのか、何を報告すればいいのか、すべて手探りでしたね。

 業務もそれまでは、上司や他部署から依頼されて進めていくことがほとんどだったので、なかなか人に任せるということができなかったです。そこにテレワークも加わったので、かなり苦戦しました。

――その状況を、どのように打開していったのでしょう?

 上手く進められなかった時に、山田さんから「考え方を変えないといけない」というアドバイスをいただいたんです。

 プロジェクトを円滑に回すため、どの部分を人に任せるか。お客様にとって価値ある成果を出すためには、誰が担当するべきか。自分だけで完結させず、複合的に考え、動いていく必要があるということを教えていただきました。

 そのアドバイスがきっかけで、業務の流れを意識するようになり、依頼するためにはどのような準備が必要かという部分に、注力できるようになりました。

――そこからは順調に進んでいったのですね。

 いや、意識は変わったものの、実際に依頼する際には、依頼内容を整理できなかったり、AIの知識が少ないために思うように伝えられなかったり、うまくいかないところがありました。

――依頼する側もある程度の知識がないと、伝達できないですよね。 

 そうなんです。そこで、山田さんから「もっと人に相談しよう」というアドバイスもいただきました。1人でプロジェクトを回しているわけではなくて、社内の開発部門も営業担当者も含めてチームだという話をしていただいたんです。

 新しい環境ということもあり、最初は僕の中に遠慮があったんだと思います。ただ、このままではプロジェクトが停滞してしまうことも予感していたので、わからない部分があれば社内の人に相談したり、顧客企業の担当者に確認したりすることを心がけるようになりました。

――コミュニケーションは重要ですよね。ただ、テレワークだとその部分も難しかったのではないかと思います。

 そうですね。GAUSSの皆さんにとっても、テレワークは初めての試みだったそうなので、試行錯誤しました。必要に応じて人を集めて、オンライン上で打ち合わせをしていたんですが、なかなか頻繁にできなかったです。

 テレワークの期間が終わってから、GAUSS全体で「もう少し頻繁にコミュニケーションを取れたら、もっとスムーズにいい成果を提示できたんじゃないか」という話が出ていました。

 僕個人としても、4月いっぱいは最適なコミュニケーション術が見つからず、うまく対応できていなかったのではないかと思います。山田さんのおかげで心構えは学べたものの、実践に移せない時期でしたね。

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GAUSSのメンバーと。上段右から4番目が永井さん。上段右端が代表取締役の宇都宮さん。上段右から2番目が上司で取締役の山田さん

さまざまな人の架け橋となるプロジェクト管理という業務は、永井さんにとって未知の領域。思うような成果を出せない1カ月が過ぎていきます。「ゴールデンウィーク明けから出社の頻度が増え、取り組み方も変わっていった」とのこと。後半は、永井さんの変化について聞いていきましょう。

→ 後半はこちら

【レンタル移籍とは?】

大手企業の社員が、一定期間ベンチャー企業で事業開発などの取り組みを行う、株式会社ローンディールが提供するプログラム。ベンチャー企業の現場で新しい価値を創りだす実践的な経験を通じて、イノベーションを起こせる人材・組織に変革を起こせる次世代リーダーを育成することを目的に行われている。2015年のサービス開始以降、計43社118人のレンタル移籍が行なわれている(※2020年12月1日実績)。

協力:東芝テック株式会社 / 株式会社GAUSS
インタビュアー:有竹亮介(verb)

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