「外の世界に出て見えた“チームを動かしていく方法”」東芝テック 永井紘司さん-後編-


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「外の世界に出て見えた“チームを動かしていく方法”」東芝テック 永井紘司さん-前編-

 2020年4月から9月にかけてレンタル移籍をしたのは、電気通信機器メーカー・東芝テックに勤めている永井紘司さん。新サービスの企画を担当していた永井さんの胸中には、「事業を回すコツを知りたい」「多様な業界に触れたい」という思いがありました。
 そして、移籍した企業は、AI技術を活用したサービスの開発・運営を行う株式会社GAUSS。期待を胸に入社したものの、新型コロナウイルスの影響でテレワークからのスタートとなってしまいます。GAUSSのメンバーや顧客と積極的なコミュニケーションが取れず、停滞感のある1カ月を過ごすことに…。5月以降は出社の頻度が増えたそうですが、取り組み方には、どのような変化が出てきたのでしょうか。さっそくお話を伺いましょう。

コミュニケーションによるスピーディな事業展開

――移籍が始まった4月はコミュニケーションの面で悩んだとのことですが、その状況に変化は訪れましたか?

 ゴールデンウィークを過ぎた辺りから、出社して仕事をする日が増えていきました。最初は週2日くらいの出社で、6月に入る頃には、ほとんど全員がテレワークから出社に切り替わっていました。質問や相談がしやすくなるとか、サクッと打ち合わせができるなど、コミュニケーションの質は上がったと思います。

――ところで、当時のGAUSSの規模はどのくらいでしたか?

 4月に入った時点では、社員数約25人だったと思います。東芝テックの1つの課くらいの人数ですね。システム開発本部・営業企画本部・コーポレート本部の3つの部門に分かれているのですが、同じフロア内で、それぞれの部署が隣の区画にいる形でした。だから、営業の人が開発の人に対して、お客様から聞いた現在の課題や要望を話し、対応策を考えるという光景は、日常的に見られました。

 打ち合わせというほどではなく、立ち話みたいな感じで始まるんですが、「それを実現させるなら、このデータが必要」「こういうシステムができそうだから、提案してみて」と、深い部分まで発展していくところが、スピーディーな事業展開につながっているのかなと感じました。

――東芝テックでは、あまり見られない光景でしたか?

 東芝テックの場合、営業部門が東京、開発部門が静岡と、地理的に離れているので、何気ない会話から発展することは、そうそうなかったと思います。今でこそリモート環境で話せますが、移籍前までは打ち合わせを設定することも大変でしたね。

――部署を超えたコミュニケーションは、東芝テックでも取り入れられるといいかもしれませんね。ところで、永井さんの業務も円滑に進み始めましたか?

 徐々に遠慮は取れていきました。大きなきっかけとしては、6月にトマトのプロジェクトが山場に向かっていたことが挙げられます。

 顧客企業にその時点での成果を見せるタイミングが6月だったので、そこに向けて開発部門からの報告を受けたり、疑問点を尋ねたりする機会が増えて、僕の中で一緒に取り組んでいる意識が強まりました。

 顧客企業からは、「もう少し精度を上げてほしい」というフィードバックがあったので、開発部門と一緒に1週間かけて改善に取り組みました。その結果、顧客企業にも納得してもらえる成果が出せて、達成感がありましたね。

――プロジェクトの管理者としての楽しさが、見えてきたようですね。

 そうかもしれません。その後もトマトのプロジェクトは継続しながら、同じく農業の部門のイチゴの収穫量予測のプロジェクトも担当しました。

 ただ、イチゴの方は、ある自治体の公募型プロポーザルに出す形になったんです。そこに向けて顧客企業と連携し、検討を重ねていく作業が出てきました。

 結果的に落選となってしまい、成果は残せませんでした。ただ、それまでは事業が途中で立ち消えになってしまうという経験がなかったので、貴重な体験をさせてもらったと感じています。

プロジェクト成功のヒケツは「いかに人を巻き込めるか」

――移籍していた半年間、ずっと農業のプロジェクトを担当していたのですか?

 農業に関する2つのプロジェクトと同時に、もう1つ担当していました。アパレル関連のプロジェクトで、もともと実証実験を重ねてきたものだったのですが、6月頃から最終フェーズに携わらせてもらいました。

――アパレルのプロジェクトでも、進行の管理を?

 そうだったんですが、そのプロジェクトに関しては、開発を外部の企業に依頼していたので、より一層コミュニケーションが重要になりました。また、AIに学習させる教師データの作成をアルバイトに作業してもらうなど、その管理も担当していました。

――関わる人がさらに増えていったのですね。その頃には、管理の仕事にも慣れました?

 顧客企業との議論や報告の部分は、慣れてきていたと思います。ただ、外注先やアルバイトの管理は新たな業務だったので、うまくいかない部分がありました。

 アルバイトの人に作業をお願いするにも、事前にどの程度の知識を伝えるべきか、判断できなかったので。担当してもらう作業をできるだけ明確にするようにしたり、事前に資料を作り、それを見れば作業を進められるようにしたり、試行錯誤しながら実践していきました。

――周囲に業務を依頼し、プロジェクトを管理する術が、徐々に身についていったようですね。

 移籍したばかりの頃は、人に任せることができませんでしたが、ある程度要領を得てきた感覚はあります。

 任せるといっても丸投げするのではなく、こちらである程度の準備をしたうえで任せ、出てきた結果を確認し、お客様が求めるものにより近づけていく。そこまでできて、ようやく管理できていると言えるのだと感じています。

――ただ仕事を回すのではなく、顧客の利益まで考えるという視点は、大きな気づきですね。

 顧客企業の担当者だけでなく、担当者の上司や顧客企業の役員、さらに先にいるエンドユーザーも巻き込んで進めていくという精神も、GAUSSに来たことで学んだものでした。

 顧客企業の担当者の方から「プロジェクト継続の判断をする材料がほしい」と、言われたことがありました。その材料は、担当者自身というより上層部を納得させるためのものだったのです。時には、エンドユーザーに理解してもらうためのデータを求められることもありました。

 プロジェクトは、担当者レベルで完結するものではなく、みんなを巻き込んでこそ成功するのだと、管理者の立場になって改めて実感しましたね。だから、僕からも「この部分について、エンドユーザーさんに意見を聞いてもらえますか」など、必要に応じて伺うようにしていました。

――社内外問わず、さまざまな立場の人と接したからこそ、体感できたことでしょうね。

 そうですね。あと、上司の山田さんから、「お客様と一緒になって考える、あるいはお客様を引っ張る存在でいなさい」、「お客様が決めかねている部分があるなら、自分からアイデアを提案しよう」という言葉をかけていただいたんです。

 お客様にとって、AIなどの新たな技術は、未知の部分がほとんどだと思います。判断できない部分もあって当然なので、一方的に意見を伺うだけでなく、こちらから提案することも必要なのだと学びました。また、今回担当したプロジェクトのお客様は、AIの知識を持っていましたが、それでも「AIの専門家であるGAUSSに協力をお願いしたい」という思いで、業務を依頼して頂いていたので、そういう点でも提案することが重要だと感じました。

 プロジェクトを進めるのは個人ではなくチームだという事実は、社内の別部署の人との間にも当てはまることだと感じているので、東芝テックに戻ってからも意識し続けたいところです。

レンタル移籍を経て得たものは「周囲を巻き込んで推進する力」

――レンタル移籍を経験して、当初考えていた目的は達成できましたか?

 新規事業の立ち上げから展開までの流れを知りたいと考えていました。
直接、新しいサービスの立ち上げに関わったわけではなかったのですが、プロジェクトの管理を行う中で、論理的に仮説を立て実際にモノを作り、お客様と意見を交わして、改善するというサイクルを経験することができました。この経験は、新しいサービスの立上げにも通じる部分があると感じました。新たな経験を全うできて、自分の身になったと感じています。

――「いろいろな業界に触れたい」という目的もありましたよね。

 農業もアパレルも、初めて触れる業界でした。特にアパレルは、東芝テックで所属している プリンティング・ソリューション事業本部では関わることがなかったのですが、今後新たに進出していく予定の業界に近いと感じています。

 今回、GAUSSでアパレル関連のプロジェクトを担当することで、業界の課題を知ることができました。例えば、現在の状況だとECサイトという販路は重要な柱になりますが、その運営には必ず裏方の業務があります。しかし、人手が足りないから一部を自動化するなど、効率化という課題がありました。

 その業界で、現実的にどのような技術が求められているのかという部分は、直接触れないと知ることができません。今回のレンタル移籍で他業界の課題が少し見えたので、意味のある経験になりました。

――東芝テックでの業務にも、活かすことができそうな収穫ですね。

 そう思います。あと、個人的にAIに興味があったので、開発を間近で見られたことも嬉しかったです。僕自身が開発したわけではないですが、顧客への報告のためにAIの技術を資料にまとめる作業があったので、知識を得ることができました。

 実践しないことには身につかないので、今後どう活かせるかはわかりませんが、知識の1つとして大切にしたいと思います。

――今の永井さんは経験をきちんと糧にしているように見えて、頼もしいです。10月に東芝テックに戻ってからは、どのような事業を担当しているのですか?

 移籍前と同様にプリンティング・ソリューション事業本部に所属しているのですが、現在は依頼を受ける立場でありながら、開発部門やほかのチームに対して「こういうものを検討して下さい」などと、依頼するポジションにも立っています。

 管理者とまではいきませんが、人に業務を任せる機会が増えてきました。お客様と関わることはあまりないので、社内の人とのやり取りがメインですが、GAUSSでの経験が活きていると感じています。

 依頼する相手と認識を一致させて、疑問点や不明点があれば聞き、逆に相手が行き詰まっているようであればアイデアを出す。コミュニケーションを通して周囲を巻き込み、プロジェクトを停滞させずに進ませていくという取り組み方が、できるようになってきました。

「新規事業立ち上げのプロセスを知る」「さまざまな業界に触れる」「AI技術を学ぶ」といった目的を持っていた永井さん。スタートアップの現場で任された業務から得たものは、技術と同様に重要な“チームでプロジェクトを進める”という心構えだったといえるでしょう。そして、互いのスキルを掛け合わせることで事業が発展し、巻き込む人数を増やしていけば可能性が広がると知った永井さんは、さらなる戦力となっていくことでしょう。

Fin

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【レンタル移籍とは?】

大手企業の社員が、一定期間ベンチャー企業で事業開発などの取り組みを行う、株式会社ローンディールが提供するプログラム。ベンチャー企業の現場で新しい価値を創りだす実践的な経験を通じて、イノベーションを起こせる人材・組織に変革を起こせる次世代リーダーを育成することを目的に行われている。2015年のサービス開始以降、計43社118名のレンタル移籍が行なわれている(※2020年12月1日実績)。

協力:東芝テック株式会社 / 株式会社GAUSS
インタビュアー:有竹亮介(verb)

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