チームメンバーから学んだ“未知の世界に挑む姿勢”-東芝テック株式会社 綿田 将悟さん-


東芝テック株式会社(以下、東芝テック)で技術戦略部 リサーチ&デベロップメントセンターに在籍し、音声対話技術の研究開発に取り組んでいる綿田 将悟(わただ・しょうご)さん。

大学院を卒業し、東芝テックへ入社して5年目の夏。

会社からの提案を受けて、レンタル移籍(東芝テックでは「社外留職」として導入。一定期間ベンチャー企業で勤務する制度)に行くことになりました。

はじめてベンチャー企業で働く日々の中で、何を感じ、何を得たのか。

2020年8月から2021年1月まで、6ヶ月間のお話を伺いました。

開発者としての悩み

「新たな価値創造に挑み続ける姿勢と、徹底した顧客志向」

これは、東芝テックの経営理念に掲げられている言葉です。

ですが、実際に働いてる綿田さんにはこんなモヤモヤがありました。

”新たな価値創造に挑み続ける姿勢”、”顧客志向”ってなんだろうか。研究開発部門は、お客様とも、現場とも距離がある。お客様にお会いする機会も滅多にないのに、どうすれば顧客志向になれるんだろう。自分は開発者として、何を求められているのだろう……」

そこで、レンタル移籍をとおして、新たなサービスを提供するベンチャー企業で顧客志向のものづくりを経験したい。
そう考えた綿田さんが、移籍先として志望したのが、3次元データ解析技術を使って、足のサイズにぴったり合う靴探しを支援する小売店向けサービスの提供を行なっている、株式会社フリックフィット(以下、フリックフィット)でした。

「社員数6名、小売に近い業態。新しいことにスピード感をもって取り組んでいる会社とあって、まさに私が求めている環境でした」

自立したメンバーの中で

「綿田さんが、フリックフィットに何ができるか考えてきてください。そして、明日発表してください」

これは、綿田さんがレンタル移籍初日に言われた言葉です。

突然のことに驚きつつも、レンタル移籍前から、シューフィットについて予習していたこともあり、自分の中で考えたプランをまとめて、翌朝の会議で提案しました。

「ここを直したい」
「こんなこともできるのではないか?」

幸先の良いスタートが切れたように感じたものの、1週間もすると、だんだんと会社の状況が分かってきて、見えていなかった世界が見えてきました。

「フリックフィットのメンバーは、上司の指示に従って仕事をするのではなく、自立して働いている。大企業だったらタスクを分担して対応できることも、ここにそんなリソースはない。

各自がタスクの優先順位付けをして、今一番成長や収益につながるアクションに取り組まなければならないんだ。

私は初日、アルゴリズムのここはもっと改良できるのではないか? そんなことを言ったけれど、その精度をあげることっていま大事? と問われると、そうではない。

だとすると、何をすればフリックフィットの収益に直結するんだろう……」

やりたいことを提案したつもりになっていたけれど、何から取り組めばいいのかわからない。

顧客に接するだけが「顧客志向」なのではない

そんな状況に陥ってしまったため、顧客提案のアイディア出しをしても、お客様に提示できるレベルのアウトプットをすることができずにいました。

そんな時、COO(最高執行責任者)の横田さんからこのようなリサーチを頼まれました。

「某靴店の1店舗あたりの在庫数を調べてください」

さっそく靴店のホームページを見たり、専門家のブログを読み漁ったりしました。ですが、答えは見つかりません。

「実際にお店に聞くしかないんじゃないでしょうか」

そう横田さんに伝えると、

「ロジックを立てて、自分で推定するんです。フェルミ推定(一見予想もつかないような数字を、論理的思考能力を頼りに概算する)を使えば、例えば有価証券報告書などのデータをもとに仮説を立てることができます。正確ではないけれど大枠を捉えて、議論を前に進めることが大事」

そのような返事が返ってきました。
今までは先入観で、お客様と接する機会がなければ、お客様のことはわからない。

そう思ってきたけれど、お客様と壁打ちするための材料を作るために、一生懸命確度の高いものを集めていてもなかなか前には進まない。

だとしたら、仮説を立てて、わからない変数は世の中にオープンになっているデータから埋めていくことで、自分でも推定することができる。

「実際のお客様の声を聞くことは大事。でも、顧客に接するだけが顧客志向じゃない」

この考え方は、綿田さんにとって、大きな学びでした。

①一坪店舗★210114_DSC_8950

(羽田空港で実証実験を行なった一世界最小の無人靴店)

決断力の中身

綿田さんは、フリックフィットで3つの事業に取り組んでいました。

一つは「一坪靴店」という世界最小の無人靴店の実証実験。二つ目は某メーカーとの新規事業プロジェクト、三つ目は、既存ソリューションのデータ分析開発です。

少人数で幅広い業務をカバーし、能動的に仕事をするためには、自らの責任で決断して、ものごとを進めていかなければなりません。

常に、意思決定のスピードが求められます。

そのために必要なものとは……?

「度胸?」ただ、度胸があれば、仕事ができるか、というとそうでもない。

そう考えていた矢先。

廣橋社長と、実証実験について検討しているときのこと。
社長ですら、何が正解かわからない中で、意思決定していかなければなりません。

そんな時、廣橋社長は「まずはこれをやってみて、だめだったらこっちをやってみよう」と必ず、第2、第3の矢を用意していました。

先を見越して準備しているので、失敗することを過度に恐れず、失敗したら、それを学びとして、次に活かせばいいというスタンスでものごとを進めていきます。

これこそが、どんどん意思決定できるマインドだと思いました。

そして、もう一つ。

新規事業プロジェクトで、綿田さんが、知的財産のIP調査を担当したときのこと。

定義した調査範囲に漏れがあり、社外アドバイザーから指摘を受けたことがありました。

綿田さんは、とっさに「すみませんでした」と謝りました。

すると、CDO(最高デザイン責任者)の藤田さんが、「なんで謝るの? 今気づいたことがいいことだから。何も謝ることないし、反省することなんてないんだよ。失敗じゃなくて、今のは成功だよ!」と声をかけてくれたのです。

藤田さんも廣橋社長と同じマインドです。

「間違ったとしても、前向きに考えて進んでいけばいい。決断力には、たしかに度胸も必要だけど、それ以前に大切なのは、出来る限りの準備と、失敗を学びと捉えるマインドだ」

身をもってそう感じたそうです。

目線合わせの大切さ

フリックフィットで働く中で、もう一つ気づいたことがありました。
それは、みんなの意見を尊重しながら、目線を合わせることの必要性です。

新規事業プロジェクトのアイディア出しをしていた時、なかなか案がまとまらなくて苦労したことがありました。

ようやく方向性が見えて、みんなで合意できたと思ったのに、いざ議論が進んでいくと、なぜかみんなの想いがバラバラになってしまう。

みんな「いいね」と言っているのに。

綿田さんは、考えていくうちにみんなの「いいね」のポイントが違うことに気づきました。

「冷蔵庫に例えると、冷蔵技術がいいねと思った人がいれば、容量がちょうどいいと思った人もいて、デザインが好みだと思った人もいる。みんなが同意してその冷蔵庫に決めたのに着眼点はバラバラだったんです。

6人のチームですら、目線が合わないことがあるのに、大きな組織ではもっと難しいと思います。

だからこそ、みんなが思っていることは、口に出して整理していかないと、方向性はまとまらない。そう痛感しました。

そのためには、なんでいいのか? なんで悪いのか? とより具体的に掘り下げていかないと、ただの多数決になってしまいます」

ただの多数決で終わらせないためには、他者の意見を聞くことが重要。これも一つの学びでした。

②一坪店舗★210114_DSC_9060

(無人靴店で実際にフィッテングしている様子)

柔らかく耳を傾ける

そう考えてみると、廣橋社長も横田さんも、いつもみんなの意見を上手に吸い上げてくれます。

どうしたら人の意見を聞くことができるのか。実際に廣橋社長に聞いてみました。

「みんなで議論したときに、誰も反対意見を出してくれなかったら、これどう? それいいね。で進んでしまう。でも、そうすると誰にも揉まれずにアイディアが出来上がってしまう。反対意見も受け入れて、磨きをかけていくことこそ大事だと思っている」

この言葉を受けて、綿田さんの中で、ある変化が起こりました。

「私は今まで、自分の中の設計図でものごとを考えて、相手に押し付けていたのかもしれない」

一旦自分の意見は飲み込んで、他の人の思いを理解しよう、深堀ってみよう。

相手はなぜそれがいいと思っているのか? 自分が気づいていない理由があるのかもしれない。そんな風に、他者の意見に、柔らかく耳を傾けるようになっていったのです。

画像3

(フリックフィットのみなさん)

これからの挑戦

半年間のレンタル移籍をとおして、綿田さんは、営業、開発、実証実験のマネージメント・顧客対応といったさまざまな業務に携わりました。

その結果、だんだんと自分の担当業務外のことについても、そこに関わる人の気持や、その背景を考えるようになっていきました。

「自分がフリックフィットで経験したことを社内に還元していきたいんです。

その一歩として、私は開発部門の人間ですが、事業部や商品企画部といった、他部門との関係をより良いものにしたいと思っています。

お互いの部門に踏みこむわけではなく、でも、お互いの課題を共有して、課題感を熱源に変えることはできると思うんです。そのためには、「会話」が重要だと思っています」

そんな気持ちの綿田さんの前に、東芝テックでは、偶然にも2021年4月から、10%時間が導入されるとの発表がありました。

10%時間とは、業務時間の10%を他者との会話に使おう、情報交換や雑談に使おう。という方針です。

「ちょうどよいタイミングで、会社の仕組みとして「会話」が許容される追い風が吹いてきたので、積極的に活用していきたいと思っています。

そして「会話」を大事にしながら、顧客志向で、事業部、商品企画部のパートナーになれるような開発部門の一員として、存在価値を発揮できるようになりたいです。

レンタル移籍をきっかけに、「一緒にやろう」と声をかけてくれる仲間たちがいるので、一緒にプロジェクトを立ち上げて、自分のレンタル移籍の経験を核にして、みんなで試行錯誤する場が作れたら・・・、そう思っています」

 

半年前、「新たなサービスを提供するベンチャー企業で、顧客志向のものづくりを経験したい」とレンタル移籍に挑んだ綿田さん。

フリックフィットで過ごした日々は、まさに世の中に無いものを作るために、さまざまな業務に触れ、多様な人と関わりながら、どのようにして新しい価値を創造していくのか、未知の世界に向き合い続けた6ヶ月間でした。

そんな日々の中で、チームのメンバーとの関わりを通して見つけた、失敗を恐れない。他者の視点を大事にする。そのためには、会話を大事にする。といったその姿勢こそが、東芝テックの理念である「新たな価値創造に挑み続ける姿勢」だったのではないでしょうか。

綿田さんは、きっとこれからもレンタル移籍で得た学びに磨きをかけ、未知の世界に挑み続けてくれることでしょう。

Fin

協力: 東芝テック株式会社/ 株式会社フリックフィット
文:管井裕歌
写真:宮本七生

  

【レンタル移籍とは?】

大手企業の社員が、一定期間ベンチャー企業で事業開発などの取り組みを行う、株式会社ローンディールが提供するプログラム。ベンチャー企業の現場で新しい価値を創りだす実践的な経験を通じて、イノベーションを起こせる人材・組織に変革を起こせる次世代リーダーを育成することを目的に行われている。2015年のサービス開始以降、計47社 134名のレンタル移籍が行なわれている(※2021年4月1日実績)。

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