「研究人生に節目。自分の強みを生かせる場所へ」アサヒクオリティーアンドイノベーションズ株式会社 大場竣介さん

東京大学の修士過程を経て、アサヒビール株式会社の研究職として入社した大場竣介(おおば・しゅんすけ)さん。その後、グループ内出向という形で、現在のアサヒクオリティーアンドイノベーションズ株式会社(以下、AQI)へ。中長期的なアサヒグループの事業創出を見据えた研究・開発を行い、企業研究者として日々の研究に楽しさを感じていたといいます。

一方で、「このまま企業研究者として道を進み続けるキャリアで良いのだろうか」と考えることもあったそう。そこで、そのヒントを得るために、レンタル移籍を活用してベンチャーへ行き、違う仕事を経験してみることにしたのでした。その結果、「150%大満足な経験ができた!」と大場さんは語ります。外の世界で働くことで、自分の働き方にどのような変化をもたらしたのか。お話を伺いました。

 企業研究者としての悩みを抱えて


ーそもそもアサヒビールに入社されたきっかけを教えてください。

大学院を卒業後、アサヒグループの研究職として、中長期の事業創出を見据えた研究開発を行う部署に所属しました。もともと大学院では、自分の仮説通りにはならない生命現象の面白さに惹かれて微生物の研究を行っていて、企業の中でも研究を続けてみたいと思い、微生物を扱うことのできる食品企業であるアサヒビールを選びました。

私自身ビールが好きということもあって、食とのマリアージュを科学的に解明することでビールファンを増やしたいという気持ちもありましたね。

ーその後、AQIへ移られるわけですが、研究に没頭できる環境だったと伺っています。そんな中でなぜ今回、レンタル移籍を決意されたのでしょうか?

それは、これから先も企業研究者を続けていくということに違和感を感じたのが理由の一つです。AQIでは研究論文を発表するなど成果を出せていましたが、企業として論文が出せるのは自分の実力以上にタイミングや選択したテーマなど、さまざまな要因が重なっていると感じていて。

企業研究のゴールは「事業化」ですが、自分が出した研究結果が事業に結びつくまでには多くの部署や人が関わっていてゴールまでの道のりは長いんです。そんな中で私は目の前の研究の楽しさは感じながらも、企業研究者としてのゴールである事業化にあまり興味が向かなくなっていて、それは果たして良いのだろうか?と。その感覚が少しずつ違和感になっていきましたね。

ー研究者ならではの悩みですね。

はい。当時は労働組合の執行部も担当していたのでそこでの活動による気づきも大きかったように思います。働く環境が個人や組織のパフォーマンスに大きく影響を及ぼすことがあり、人の成長やモチベーションが左右されます。なので、組織をより良くしていく動きや、人材開発にも興味がわいていました。もしかしたら「パフォーマンスの最大化は科学できるんじゃないか?」と。でも、それを実践するにはより多くの経験や自分と異なる価値観を持った人と接して自身の引き出しを増やす必要があります。

そうしたこともあって、

「果たしてこのまま今の環境に居続けることが正しいのだろうか」
「このまま企業研究者としての道をまっすぐ進み続けるキャリアで良いのだろうか」

と不安を感じてしまって。そこで、レンタル移籍を通じて外の世界で違う仕事を経験することで、ヒントが見つかるのではないかと、行くことを決めました。

ー行き先は、「株式会社ZENKIGEN」ですね。決め手はなんだったのでしょうか。
 
ZENKIGENは、テクノロジーの力で人と企業が全機現(能力を最大に発揮するという禅の言葉)できる社会を創出できるように、人事領域の業務をサポートするサービスを開発するベンチャー企業です。労働組合の活動をきっかけに「HRテック」に興味があったというのもありますが、実際に面談で多くの社員の方とお話しさせていただいた際、「人」を大事にしている印象が強く、また、コミュニケーションがとても心地よかったので希望を出しました。

ー移籍先のZENKIGENについて、もう少し詳しく教えてください。
 
ZENKIGENは主に、採用DXサービス「harutaka」や1on1改善サポートAI「revii(リービー)」などの人材採用やコミュニケーションをサポートするサービスの提供を行っています。harutakaは、独自の採用選考システムを開発していて、録画選考と面接のデータを収集し、データ解析した後、採用戦略を立てるという採用のプラットフォーム。reviiは、その技術を使って社内の1on1をAIがデータ収集・解析して、結果を可視化し、より良いコミュニケーションをサポートしています。どちらも面接母数の多い大企業を中心に導入いただいていて、私はR&D(研究開発)の部署に関わりました。ZENKIGENの中長期の事業創出のための研究部門です。

移籍開始時に撮影した1枚。サービスデザインチームの岩谷さん(左)、大場さん(中央)、インキュベーション室の小荷田さん(右)

自分には、ここで出来る仕事がない?!

ー研究対象が微生物から人へと変わったのですね。興味があったという「HRテック」の業務ですが、実際に関わってみていかがでしたか?

「事業創出のための研究」という、AQIと目的は同じとはいえ、これまでの大企業とは全く異なる環境で、移籍してからしばらくは仕事がなく、とても苦しい思いをしました(苦笑)。

ー仕事がない、というと…?
 
上司からは「好きにやってくれていいんだよ」という言葉をかけていただいていましたが、まず何から始めればいいのか分からない状態。今までも細かな仕事の進め方は自分で考えて決めてきたつもりでしたが、ある程度与えられた中で仕事をしていたことに気がつきました。

ベンチャーなので「スピーディに意思決定して、各自仕事を進めていく」スタンスのイメージはあったのですが、そもそも、「自分の仕事を見つけ出さなければいけない」というのは衝撃でしたね。

ーそんな辛い状況を、どのように打破していったのでしょうか?

とにかく今自分にできることは社内のインプットだと思い、社内のslackや共有フォルダにある資料に片っ端から目を通して、ほかのメンバーの仕事内容やプロジェクトの状況を勉強しました。やっていくうちに、「ここは自分がフォローした方がいいんじゃないか?」「このプロジェクトならこんなことができるんじゃないか?」と、自分が入れる隙間を見つけられるようになって。

そうやって最初に掴み取ったのが産学連携の業務でした。「どう考えても今のリソースでは足りないんじゃないか?」と思って上司に直談判して、ねじ込んでもらったんです。

ー具体的にはどんなことをされていたのでしょうか?

新規事業創出に向けた産学連携の取り組みなのですが、神戸大学で採用学を研究する服部教授と効果的な採用手法の仮説検証を目的とした共同研究を実施し、とある企業様にご協力いただいて、熟達面接官の「実践知」を可視化するという内容です。共同研究という形なので、ZENKIGENが進める研究に先生から手法や進め方のアドバイスやフィードバックを適宜いただきながら進行していきました。

ー初めての研究分野にしてはいきなりハードルが高そうに思えますが・・・?
​​
インプットを欠かさなかったことで、プロジェクトに飛び込んですぐ機動的に業務が遂行できたのだと思います。とにかく自分にできることを探して行動してみるということを繰り返しやっていましたね。

また、これまでの生物系の研究だとパソコン上でできないことの方が多かったので、必然的に研究所で顔を合わせてメンバー同士コミュニケーションを取ることができていましたが、ZENKIGENは基本的にフルリモート。最初戸惑いはありましたが、週1で行うオンラインミーティング、部署を超えた 1 on 1を始め、ZENKIGENでのコミュニケーションはとても丁寧で助かりました。日常的に顔を合わせることがないからこそ会話の機会を大切にしなければという意識も持つことができて、メンバーとも積極的に関われたのが良かったと思います。
 
ーコミュニケーションが丁寧というのは、人材サービスを提供する組織らしい取り組みですね。

私の場合は、直属の上司と、隣の部署の上司に、それぞれメンターとして毎週お話をする機会を設けてもらっていました。特に直属の上司からは、歳は近いながら経営レベルでものを見ているところに大きな刺激を受けました。上司はこれまで大企業・ベンチャー企業それぞれで様々な経験をしながらキャリアチェンジを通してステップアップされていました。年齢は近いのに、引き出しの数や経験が圧倒的に違うことにショックを受けるほど、スーパーマンでした(笑)。自分がAQIに戻ったあと何をしたいのかという視点を見据えながらアドバイスいただくなど、視座の高さを学びましたね。

一方、別部署の上司はサービスデザイナー。これまで関わることのなかったクリエイティブ職だったため考え方も仕事の仕方も違っていて。仕事の進め方やモチベーションについて新たな視点を得ることができました。

ー 別途、外部のメンターさんもいらっしゃったんですよね。

メンター池松さんとの、毎週の週報でのコメントのやりとりや月次の面談では、多様な経験に基づいて様々な角度から的確なアドバイスを頂き、実務的な面でも精神的な面でも支えていただきました。

そんな中で最も印象に残っているのは、実は移籍1週目の週報に対していただいたコメントでした。「文献(論文)調査というタスクが特別新鮮さを感じなかった」という内容を初め様々な思いを週報に記載したのですが、それに対して

「『新しい環境で、やったことない職種を体感する刺激』。それ自体がこのプロジェクトから学ぶべき本質ではない」

とストレートなコメントをいただきました。当時は少なからずショックを受けたのですが(笑)、これからベンチャーで働いていくためにはマインドセットの変化が必要だというメッセージだったんだなということを、その後しばらくして実感しました。移籍前後を含めて1年以上伴走いただき、本当に感謝しかありません。

行動を変えて挑戦した事業の立ち上げ

ーそうしたメンバーとの関わり合いの中で、仕事への向き合い方はどう変化しましたか?

色々ありますが、たとえば移籍前の面接でお世話になった社員の方に、移籍した後しばらくして1 on 1を提案いただき悩みを聞かれた際、「なかなかプロジェクトや打ち合わせに同席させてもらえない」ことや、「社内調整が進まずに、自分の思い通りにテーマ提案が進められていない」ことにモヤモヤを抱えていると打ち明けたことがありました。

すると、「人のせいにせず、もっと自分で動いてみては?」という意見をもらいました。

痛いところを突かれたと思うと同時にその通りだなと。これが仕事におけるメンタルモデルをガラリと変えられた大きな経験でした。
 
そうしたアドバイスや1on1での対話のおかげもあり、移籍後半は主に新規事業の立ち上げに関わることができました。介入できそうな業務を見つけて能動的に参加するというのは、これまで受動的な業務スタイルだった自分にとって勇気がいることで…(苦笑)。

でも、上司から「短期プロジェクトを通してプロジェクトマネジメントや、より出口に近いプロジェクトを経験してみては」という提案をもらい、事業開発の川上から川下までを経験できたんです。

具体的には、社内の繋がりを強化する部署を超えた1on1システム「ENTAS(エンタス)」(※)のテクノロジー開発のリード部分を担当しました。自分で動くというマインドになっていたので、積極的に関わるように意識したこともあって、プロダクトバリューの策定やマッチングアルゴリズム開発、PoCの分析項目設計・最終報告など、培ってきた研究・分析能力もしっかり生かせて幅広く取り組めたのが良かったですね。サービスとして世に出るイメージを持ちながら、事業開発を経験できたことは本当にいい経験で。明らかにこれまでとは異なる視点でプロジェクトを見られるようになりましたね。

(※)2023年秋にリリース予定「「第7回 HRテクノロジー大賞」奨励賞受賞、社内の繋がりを強化するマッチングAI「naname(仮称)」プロダクト化のお知らせ」

それに、ZENKIGENに移籍してから初めてやり切ったというか、どうしようって悩んで立ち止まるのではなく、思い切り動けたことは、自信になりました。

ー改めて、移籍を経験してどのような発見がありましたか?

ZENKIGENでの業務は特に他部署との連携が重要ということもあり、部署間の通訳者として力があることを認識することができました。たった1年間の移籍でしたが、移籍初期にさまざまな資料のインプットに時間を割いたことや元々の能力であった「相手の言いたいことを汲んで伝えるスキル」が生かされたのだと自分の強みを理解できました。データサイエンティストやデザイナーなど、テクノロジーの専門職の方とお話する時の共通言語って難しいものですが、情報の理解や翻訳がうまくできたことで「R&Dは他部署との連携に優れている」とお褒めの言葉をいただくこともあって。

移籍前は理系研究者ばかりの環境でしたが、ZENKIGENでは共通言語が異なる心理学や社会学など人文系の研究者とのコミュニケーションも多く、考え方の違いに初めの頃は戸惑いました。そんな中でも、自分が得意とする「通訳者としての力」つまり、相手の言わんとすることを理解して他者に伝える能力を強化できたことで、業務の幅も広げることができたのだと思います。

ZENKIGENメンバーとの1枚

自分の強みをより生かせる場所へ

ーこれまでのスキルをより昇華させている印象ですね。移籍後について、教えてください。
 
研究を離れて、グループ内のアサヒグループジャパン株式会社のValue Creation室(以下、VC室)に帰任し、新規事業創出にチャレンジしています。これまでは研究だけの専門職でしたが、ZENKIGENでサービス開発の面白さを経験したことで、今後は食品メーカーとして新規事業の上流からプロタクトやサービスを実装できるようになりたいなと思っています。アサヒグループの基礎研究の成果を自分で社会に届けられるような人材になりたい、その挑戦をしてみたいという希望を叶えてもらいました。

ー研究人生から一旦離れてみる、ということでしょうか。

研究を続けるもっともらしい理由はいくらでも言えるんです。でもそれって、自分のコンフォートゾーンを出たくないからだと気づいてしまって。ZENKIGENの代表の野澤さんに「どうしても生涯かけて果たしたいミッションが見つからない」とこぼした時に「見つからないなら今は徹底的にビジネス力を身につけなさい」と教えてもらったんです。新規事業創出活動は非常に多くの困難や苦労を伴いますが、自分次第で多様なスキル・経験を身に着けることができると思っており、ビジネス総合力を養うことができるのではないかと考えています。

ー大場さんの悩みながら突き進んだ1年間が生かされていますね。今後の展望はいかがでしょうか?

ZENKIGENのPhilosophyである「For Our Next Generations」にも通ずるのですが、次世代に少しでもいい社会を残したいという強い思いがあるため、それに合致するような新規事業を生み出していきたいと考えています。

現在の仕事は、大変なことも多いですし、一筋縄ではいかないんですが、VC室にはキャリア入社の方も多く在籍しており、様々な職種・業界で経験を積んだ多様なメンバーが揃っています。一人ひとりの能力の掛け合わせ次第でものすごく面白いことが起こせるんじゃないかとワクワクしています。

やっぱり外に出て様々な人から非常に多くの学びや刺激を得たからには、目の前のやりたいことにどんどん突き進んでいきたいですね。

レンタル移籍初期に仕事がないという初めての経験を経て、自ら隙間を見つけてチャンスを掴み取った大場さん。自分の強みを再認識し、さらに刺激的な経験も加わり、社内に戻ってからの自分の進むべき方向を見つけ、今イキイキとする姿がとても印象的でした。レンタル移籍に「150%満足している」という大場さんは、新規事業を通してどんな“研究結果”を見出すのでしょうか。楽しみでなりません。

Fin

協力:アサヒクオリティアンドイノベーションズ株式会社 / 株式会社ZENKIGEN

インタビュー:金澤 李花子

撮影:宮本七生

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