「自分一人でもいいからやろう!」その熱量が周囲を動かした -小野薬品工業株式会社 小林正克さん-
目次
新しいことにチャレンジできなくなっている危機感
——小野薬品工業ではどんなお仕事をされていたのですか?
2001年に入社してからずっと創薬に関わる研究を行ってきて、2016年からは経営企画部に所属しています。経営企画部で私が関わっていた仕事は大きく3つあります。1つは会社の中期経営計画を立てること。それを計画通りに進めていくための伴走をします。もう1つは新規事業の立ち上げ。そして最後がベンチャーへの投資です。
新規事業の立ち上げや、デジタルヘルスを手掛けるベンチャーへの投資は、小野薬品としては初めての試み。会社全体を見ながら、新しいことにチャレンジしていくことが求められている部署だといえます。
——レンタル移籍をしようと思われたきっかけは?
実は、最初はレンタル移籍をする気は全くなくて、むしろ、レンタル移籍の仕組みを会社に導入しようと提案する側でローンディール社とも話を進めていたんです。実際にやろうということになり、ある日、役員に呼ばれて「まずは自分で行ってこい」と(笑)。私に「一皮剥けてきてほしい」というエールだったと思います。
役員からは、周囲を巻き込んでいくような「熱さ」が求められていました。私はどちらかというと淡々と仕事をするタイプだったので、内側にある熱量が見えにくかったのだと思います。
——熱量を持って新しい事業を動かしていってほしい、と期待されていたのですね。
新しいことを生み出していくような人材を育てていかなければ、会社の成長はないという危機意識があったのだと思います。
医薬品を作る会社なので、当然、ルールを遵守することに重きが置かれています。そのため、多忙な中、リスクを冒してまで新しいことにチャレンジしようというマインドがなかなか醸成できませんでした。
また、私が所属していた経営企画部では、自分のやることがあらゆる部署に影響を及ぼします。そういう状況で働いていると、何よりも問題が発生しないようにしなければならないという意識が強くなっていました。80点を目指すよりも、60点以下には絶対にならないようにする。行動する前にはかなり慎重になって、ものすごく石橋を叩いている感じでした。
私自身、そうした働き方にモヤモヤしていて、なかなか仕事を楽しめなくなってしまっていたんです。だから、ベンチャー企業で働くことで、もっと前向きに仕事に取り組めるようになりたい。新しいことにチャレンジしたいという気持ちがありました。
「相手が求めていることが分からない」
——移籍先にケイスリーを選ばれたのはなぜですか。
幼少期に父が病気で他界したこともあり、ずっと「病気で苦しむ人をなくしたい」という思いがありました。ケイスリーが健康診断の受診勧奨のサービスを提供していることを知り、「ここだ!」とピンと来たんです。予防につながる事業内容に魅力を感じました。
健康診断の受診勧奨のサービスとは、ショートメッセージサービスなどを活用して、個別化されたメッセージを適切なタイミングや頻度で届けるもの。ケイスリーでは、がん検診や特定健診の受診率を向上させるサービスを、地方自治体に向けて提供していました。
——ベンチャーに移籍しての第一印象は?
皆さん、穏やかだなと(笑)。ベンチャー企業というと、常に物事がものすごいスピードで進んでいくようなイメージだったのですが、一つ一つの仕事にじっくり取り組む雰囲気がありました。人数は少ないですが、馴染みやすかったです。
——どんな業務を担当されていたのでしょうか。
移籍前半では、主に健康診断の受診勧奨サービスなどのプロダクト事業の資金調達と、行政への営業を担当していました。
——これまで小林さんが経験されてきた仕事内容とは全然違いますね。
初めてのことばかりで、最初は本当に苦労しました。営業にしても、資料の説明はできるのですが、お客様である自治体の状況が全く分からないので、会話をしていても頭の中にイメージが湧いてこなくて。こちらから「これはどうですか」と提案しても、表層的な話になってしまっていたんです。相手が求めているポイントに対して、こちらの提案が全然刺さっていないことだけは分かっていました。自分でもそこがダメだなと。
——提案ではどんなことが求められていたのですか?
がん検診の受診率を上げるという課題に対して、それを解決するサービスを提案するのはもちろんなのですが、それ以前の段階で困っていることも理解しておく必要がありました。でも、自治体から開示されている情報だけでは、現場の方たちが何に困っているのかまでは見えてきません。たとえば、紙の資料が多いことや、事務作業の煩雑さが職員さんたちの時間を奪っていたり、前年の振り返りができていないためにPDCAがうまく回せていなかったりする実態もありました。
そうしたうまくいっていないところも含めて調整しながら、サービスを提案してほしいということだったのだと思います。現場の職員の皆さんが何に対して困っているのか、その部分の理解が全然追いついていなかったんです。
体験したことで見えてきた「現場のニーズ」
——苦労された半年間だったんですね。
前半は本当にきつかったですね。営業以外の仕事で貢献しようと、他の業務に逃げてしまっていたところもあります。だから、他のメンバーからは「何をしているのか分からない人」と思われていたんじゃないでしょうか(笑)。正直、私も自分がうまくできないもどかしさを感じていました。
そんなときに支えになったのが、メンターの細野さんとのやり取りでした。時には「顧客理解が足りていないのでは」「これまでとは意識を変えたほうがいい」と厳しい意見を言ってもらい、それがとてもありがたかったです。叱咤激励されたことで、気持ちを切り替えてやってみようと思えました。
——どうやって打破されたのでしょうか。
きっかけになったのは、ケイスリーが協定を結んでいた沖縄県の読谷村役場に、1ヶ月常駐したことでした。自治体の現場を学びながら、役場に対してDX支援をするのが、私の役割でした。
——具体的にはどんなことをされたのですか?
まず、私が所属していた健康推進課で、健診業務がどのようなプロセスで行われているのかを可視化することから始めました。職員の方たちに話を伺って作業工程を全て書き出したんです。それによって、通知に関する業務で職員に大きな負荷がかかっていることが分かりました。
インターネットで予約を受け付けていたものの、スケジュールを確定させるまでの工程が自動化されておらず、職員の手が必要になっていた。中には、職員の方たちも「なぜこれをやっているのか分からない」という工程もあって。どうすれば負担を減らすことができるかをディスカッションしながら検討していきました。
また、健康推進課以外でも「各部署で抱えている課題を掘り起こしてほしい」という要望があったので職員の皆さんへの聞き取りも実施しました。その結果、保育園の入園申し込み業務をどう変えれば住民の皆さんに対して価値提供できるか、職員の皆さんの工数がどう下がるかなど可視化できることにもつながりました。
現場を知ったからこそ「自信を持って営業できる」
——1ヶ月の常駐を通して、手応えを感じられたのでは。
それはありますね。私が常駐を終えてからも、健康推進課の方たちが役場の中でリーダー的な存在となり、業務の効率化を進めているそうです。少しでもお役に立てたのだと思うと、嬉しいですね。先日も、読谷村の村長や役場の方たちが東京にいらっしゃったのですが「小林さんも一緒にどうですか」と声をかけていただいて、深く関われたのだと実感できました。
また、私自身も読谷村での経験によって、一気に自治体への営業がやりやすくなったんです。
——前半で苦戦した行政への営業が、やりやすくなったと。
行政の方たちがどのように動いているのか、一緒に働いたことで見えてきたものが、営業に生かせるようになったんです。「これを提案してみよう」「あれはどうだろう」と、話の切り口の幅も広がりました。
「こういうことにお困りではないですか?」と聞くと、「なんで分かるんですか」と言われることも増えて。顧客である行政の業務や現場での考え方への理解が深まったことで、とても前向きな気持ちで営業ができるようになりました。
——前半と後半では、営業に対するマインドが変わったんですね。
特に実行に移すまでの考え方は、大きく変わったと思います。前半は、仮説を立ててそれを分析・検証してから実行に移していました。分析・検証の段階で、やるかやらないかを決めるので、場合によってはやらないと判断することも。つまり、移籍前と同じように石橋を叩いていたんです。
でも後半では、自分で仮説を立てたらすぐに実行するように変えました。そして実行してから、その結果をもとに分析・検証する。「とにかく行動する」という姿勢を持てたことは、大きな変化だったと思います。
——具体的には、どんな行動につながったのでしょうか。
それまでケイスリーは、自治体からの大きな案件を重視していたのですが、私は小さな案件を引き受けることが翌年以降の大きな案件の受注につながるのではないかと考えていたんです。データ分析の依頼などを受ければ、そのデータをもとに次の段階の提案ができる。自分でその仮説を立てて積極的に自治体への営業に動きました。
その結果、前半では全然結果が出せなかったのに、後半には1件、自治体との契約が取れました。さらにもう1件、私の移籍期間が終わってから契約に結びついたケースも。移籍終了後1ヶ月もしないうちに「契約が取れました!」とメンバーから連絡が来たんです。自分で考えて行動したことで成果を出せたので、とても嬉しかったです。
「熱意」と「本気」で周囲を巻き込む
——移籍中の仕事で、印象に残っているものはありますか?
地方自治体の大型案件に対して、提案書を作ったことです。それぞれ違う自治体に3回提案して、結果的に受注はできなかったのですが、最後は社内のメンバーと一つになれたと感じることができました。
実は過去に受注できなかった同様の案件があり、「同じ条件ならば提案しても仕方がないんじゃないか」という雰囲気があったんです。でも私は、提案書を書くことは組織の「知」として蓄積されますし、作る工程を通して次につながるヒントも得られるので、たとえ受注できなかったとしてもやったほうがいいと思っていました。それで、「自分一人でもいいから書こう」と。
——チャレンジしようと決めたんですね。
2回目の提案書を出すときには、締め切りギリギリになって、最後は郵便局まで本当に走って行きました(笑)。そんな私の姿を見ていてくれたのでしょう。3回目の提案の際には、メンバーが自主的に手伝ってくれるようになり、社内の空気も変わりました。周囲を巻き込もうと思ってやっていたわけではありませんでしたが、自分の熱意が周りに伝わったことで、自然と周りが動いてくれた。それによって一体感が生まれたのが、一番嬉しかったです。
提出する直前は、朝から夜までスタッフと議論しながら、ひたすら作業を続けました。私としては「ここまでやってダメだったら仕方ないと思えるくらいのものにしよう」と取り組み、力を出し切ることができたと思っています。森山さん(株式会社Godotの代表)からは、「社内で史上最高の提案書ができた」と言ってもらえました。
リスクを考えて止まるのではなく、行動し続けることの大切さ
——現在は、どのようなお仕事をされているのですか?
移籍前から所属している小野薬品工業の経営企画部とビジネスデザイン部と、昨年に立ち上がった小野デジタルヘルス投資合同会社を兼務しています。どちらの部署も、ベンチャーとの協業や事業創出が求められているので、移籍の経験が生かせる仕事です。
たとえば、ベンチャー企業への投資では、ただ出資をするだけではなく、その後の支援も重要です。営業のサポートをしたり、協業をすることで双方にとってメリットがあるような仕組みを作ったり、さまざまな形で支援していきたいと考えています。ベンチャー企業はどうしても人手が足りないですし、予期せず発生することに取り組みながら少ない人材で同時進行的にプロジェクトを動かしていかなければなりません。そうした厳しい内情が分かったことで、具体的に何をすればよいかが見えてきました。
——移籍を通して心境の変化はありましたか?
行動までのスピードは圧倒的に速くなりました。これまでは石橋を叩いて動けないこともあったのですが、今は周囲にも「まずはやらせてほしい」と伝えています。移籍から戻って半年ほど経ちますが、これまでだったら1年くらいかけてやっていたことを数ヶ月でできるようになりました。移籍を後押ししてくれた上司からは「前向きに動いてくれている」と評価してもらえて、私の「熱量」が確実に伝わっていると感じます。
大企業にいると、ついできない理由を並べてしまいます。もちろん新しいアイデアに対してリスクを指摘されるのは当然ですし、必要なことです。でもそれに対して動きを止めてしまうのではなく、実行していくことが大事。ケイスリーでは何かできなかったときに個人を責めることが全くなくて、「その時間がもったいないから、どうすればうまくいくのかを考える」というやり方をしていました。この「どうすればうまくいくか」は忘れないようにしています。
——失敗を気にせずに動ける雰囲気があったんですね。
うまくいくことを前提にしていないから、動きやすいんです。そして考えすぎて動けなくなるのではなく、「行動してから考える」ことで前進させる大切さも学びました。
——今後はどんなことにチャレンジしていきたいですか?
やはり予防をキーワードに、新しい事業を立ち上げたいと考えています。ビジネスとして成立し、社会に対してもしっかりと価値を見出せる事業を生み出していきたい。
移籍を通して改めて感じたのが、自分で経験することの重要性です。自分でやったことのあることでなければ、誰かに熱量を持って伝えるのは難しいですよね。だからこそ、常に新しい挑戦をしながら、自分の経験値を増やしていきたいと思っています。
移籍途中に読谷村の役場に1ヶ月常駐したことで、営業のスイッチが入り、後半の大活躍へとつながった小林さん。自治体の現場への理解が深まり、「自信を持って営業できるようになった」と振り返ります。また、「考えてから動くのではなく、動いてから考える」というマインドに切り替えたことで、次々と新しいチャレンジの扉が開きました。「病気で苦しむ人をなくしたい」という夢に向かって、きっとこれからも小林さんの挑戦は続いていくはずです。
Fin
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「社外経験は、セルフドリブンな社員を生み出すか?」主体性を持ち周りを巻き込める人材が育つために、欠かせない環境や体験とは?