「国だからできること」その答えを探して【経済産業省 伊藤貴紀さんのベンチャー移籍物語 -後編- 】

前編では、経済産業省より世界初の排泄予測デバイス「DFree」を展開する「トリプル・ダブリュー・ジャパン株式会社(以下TWJ)」に移籍した伊藤貴紀(いとうたかのり)さんの、移籍後の2ヶ月に迫りました。それはこれまでの社会人生活とカルチャーも美意識も仕事内容も全くことなる日々に驚き、急激に順応し、自信を育んでいった一人の挑戦者の物語でした。
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前編が鮮やかで激しい修羅場経験のお話だったとすれば、さて後編は、「自分たちの事業・サービスが幸せにできる人はどこにいるのか、そしてどうしたらより多くの人に広げられるのか」と探し続ける、地道で長い旅のお話です。
時にユーザーに突っぱねられながらも、伊藤さんはたくさんの方から話を聞き続けました。果たしてそんな日々は、彼に何を気付かせたのでしょうか?じっくりと、聞いてまいりました。

インタビュアー:太田尚樹

ユーザーとの対話で気付いた、「伝えること」の難しさと価値

ー前回、「ひたすらいろんな所に出向いて『DFree』を試してもらうようになった」と伺いました。たくさんのユーザーの方と話す中で、手応えはすぐに感じましたか?

いや、それが、どれもなかなかうまくいかなかったんです。たとえば、脊髄損傷を負った方にも1週間使ってもらったんですが、「私には必要がないです」とハッキリ言われてしまったり、「病院から退院したばかりの方に使ってもらうのはどうだろうか」と動き出しても、意外と協力者が見つからなかったり。

ー歯がゆいですね。

そうでしたね。ご存じの通り「DFree」はWEBサービスでもありませんし、実証のN数を稼ぐのが簡単ではないんですね。でもだからと言って、考えすぎて動かずにいても仕方がないので、「とりあえず行ける所は全部行こう!」と決めていました。ちょっと問い合わせがあったりしたら「使ってみませんか?」とこちらからアポを取りに行ったり、とにかく「動く」というのを大事にしていましたね。あまり前に進んでいる実感を持てない時期でしたが、この時期の動きが後に実を結んでいきましたし、やって良かったです。

ー伊藤さんとお話しているとスマートな印象を受けるのですが、その時期の動きについてお聞きしていると、まるで「熱血営業マン」のようですね。

たしかにそうかもしれませんね。自分は元々そういったことは得意じゃなかったんですけど、やってみると「何事も慣れるんだな」と(笑)。これまでも、法律改正をする上で、全く知らない方々に向けて説明するっていうのはあったんですけど、「こう改正します」と大多数に向けて説明するのと、一対一で商品の価値を伝えるっていうのは全然違っていましたね。これまでは「思い」とかそれほど必要ありませんでしたから。

ーそこ、もう少し詳しくお聞きできますか?どう違うんでしょう。

まず緊張感が違いますよね。大多数に向けて説明する上では、「思いを伝える」っていうことがほとんど必要なかったんですが、「DFree Personal」をユーザーの方に使っていただくためには、もっと相手の懐に入っていく必要があると言うか、プライベートに踏み込んで話す必要がある。ユーザーの方が家でどのように過ごしているか、お出かけのときにどうされているかなど、出来るだけ生活の様子が浮かび上がるように話を聞いて、その上で、自分たちがなぜこの事業・サービスをやっているのか、なぜあなたに使ってほしいと思っているのか、その思いや商品の魅力を伝えないといけないという経験は、これまでになかったものでした。

ーなるほど。そういった「伝える」経験は、今省内で「説明する」際に影響していますか?

確実にしていますね。たとえば講演をする際にも、以前より「自分は何を本当に伝えたいと思っているのか」と、強く意識するようになりました。正直、別にそうしなくたって、通り一遍等な説明もできるんですよ、資料もあるし。でもそれだとあまり意味がないな、と思うようになりました。ピッチの経験もあって、舞台に立つ精神的ハードルは下がったんですが、そこに立つまでの準備は、これまでよりも時間がかかっていると思います。どうすれば伝わるか、真剣に考えるようになりましたね。

ー「説明する」ということは、ある意味熱意がなくてもできますが、「伝える」とは、自分の「伝えたい」という情熱をのせていかないとできないですから、「伝える」を大切にすることは、情熱を大切にすることと等しいですよね…!

確かにそうかもしれませんね。

ヘルスケアビジネスで「効果」を物語ることの難しさ

ー…すみません、私が話しすぎて(笑) 先ほど「動きつづけたことが、後に実を結んだ」という話がありましたが、コアターゲット像がアクティブに動いた先で見えた、ということでしょうか。

私が関われたのは良い兆しを得るところまででしたが、苫小牧にある障がい者支援施設での実証事業でよい結果が得られたんです。

発達障がい・知的障がいのあるお子さんに使っていただく、という実証だったんですが、自分の尿意が分からないお子さんとその親御さんに「DFree」を使ってもらってトイレトレーニングをしていただきました。

尿意が分からないお子さんはなかなか自分でトイレにいくことができず、親御さんからしても連れていくタイミングが分からないのですが、実証では「DFree」で尿がたまったことを確認してお子さんをトイレに連れていくようにしてもらいました。トイレトレーニングのことをいろいろと勉強して、「DFree」を使えば、尿がたまったタイミングでトイレにいくことができ、トイレでの排尿に成功しやすくなり、その結果、徐々に尿意が芽生えて、最後は自分でトイレにいけるようになる、ということができるのでは、と考えていたのですが、実際にどんどんトイレでの排尿の成功率が高くなってくるお子さんもいて、「今後も継続的に使います」って言ってくれる親御さんもいたり、手応えを感じました。

ーすごい…!興奮しますね。

嬉しかったですね。でも、この実証事業を通じて、ヘルスケアという分野の難しさも改めて感じました。くっきり成果が出ないんです。

ーくっきり成果が出ない。

はい。たとえば、「DFree」を使ってうまくトイレに行けるようになったとしても、その要因にはお子さまの成長も、周囲の方との人間関係や住環境なども含まれてきます。なので「DFree」がクリティカルに成果を出したとは言いづらくて、「グッドプラクティスだ」とまでしか言えないんです。たしかに役に立てた実感はあるけど、この結果の再現性が全ての発達障がい・知的障がいをお持ちのお子さんに対してあるかと言えば分からないな、と思っているところで、移籍期間が終わりました。でも、メンバーが障害児童のトイレトレーニングへのDFree利用の可能性を引き続き探ってくれていて、事業として次に向けてのいいステップを作れたのは、一つの成功体験になりましたね。

ーーじっくり対話を続けている時間は一瞬ですよね。移籍期間の終盤はどう過ごされていたんですか?

ずっとメインは「DFree Personal」の仕事でしたが、細かくはいろんなことをやっていたので、アウトプットしきることにこだわりました。福祉用具認定をとるためのプロトコルを作成したり、LITALICOさんと共同で新たなモニター募集をしたり、「DFree」をうまく使ってくださっている方に長崎までインタビューしに行って記事にしたり…、全部やりきってから経産省に戻ろう、と決めてやり抜きました。アウトプット地獄でしたね(笑)

機能する政策を作るために、これからも「受益者の感覚」を大切に

ー移籍期間が終わる最後は、名残惜しかったですか?

どうでしょう…。「名残惜しい」というよりは「やりきりたい」という気持ちだけでしたね、駆け抜けてきた8ヶ月間を。

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TWJのメンバーと送別会の時の1枚。手前中央が伊藤

ーそうして今、経済産業省に戻られてどうですか?

今はまた、政策作りの仕事に戻っています。一つは、近い未来に技術的には完成する「空飛ぶクルマ」を実際に飛ばすための政策作りで、もう一つは製造業のデジタル化を後押ししていくための政策です。

特に前者に関しては、TWJの経験が活きると思っています。「空飛ぶクルマ」はどうしても議論が技術先行になりがちで、「ものができればあとは飛ぶだけ」と考えがちなんですが、ニーズに合ったサービスになっていないと社会の中で本当に広がっていかないっていうのはTWJの経験から肌感として分かっていますし、「じゃあそのニーズってなんなんだろう」と深堀りしていくことの重要性も分かっているつもりでいます。

ーなるほど、ちゃんと広めるためにはプロダクトアウト発想だけでは不十分だと。では、ニーズを作っていく上で、これからやりたいと思っていることはあるんでしょうか。

まずは、政策を作るだけではなく、「PRしていく」という観点を大切にしていきたいと思っています。たとえば「空飛ぶクルマ」に関しては、制度がどうなっていくのか分かりにくい状況なので、きちんと伝わるように見せて行った方がいいんじゃないか、と思っています。うまく政策の進捗を広報していくことで、それを知って動き出せる事業者もあったりすると思うんですよね。

それ以外にも、空を使って移動する社会を作るためには、皆が「飛ぶっていいよね」と思うことも大事だと思うので、どうすればそういう気運ができていくのか、というのも考えたいです。

ーすごい…! ニーズの掘り起こしから、PRまで、多角的に戦略を見ようとするのは、正にベンチャー的ですね。

そうですね。今までよりも、供給側からだけでなく需要側からもプロジェクトを見られるようになったのは、良かったと思っています。

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本インタビュー時の1枚。イキイキと今後のビジョンを語る伊藤

たとえ失敗しようとも、前へ。
移籍を通じて学んだ「挑戦」の価値

ーたくさんのことをTWJで学ばれたと思うのですが、改めて振り返り、あえて一つを選ぶとしたら、TWJに「移籍」して良かったことはなんでしょうか。

一つですか。どうでしょうね…。
ベンチャーの難しさとか「生みの苦しみ」みたいなものを経験できたのは、自分の人生にとって本当に大きかったですね。

経験するまでは、ベンチャーって「大変だけどみんな前向きで、スピード感を持ってビジネスを拡大していく」みたいな、一般的なイメージしかなかったんですけど、やってみると当然うまく進まないこともあるし、その中で当たり前にみんな一喜一憂もする。

それでもトライし続けていくことに対して、「それってすごいことだよな」と思うようになりました。新しいものをビジネスで作っていくって難しいじゃないですか。ニーズを正しく捉えることもですし、そのニーズにあわせてソフトウェアも含め、裏で作りこむ必要もある。それはかなり高度なプロセスで、大変だけど、すごいし、面白いなって思うようになりました。

だから、これまで以上に、新しいことにチャレンジする人たちへのリスペクトが芽生えました。「トライし続けるって、本当にすごいことだな」という感覚がこれまでよりずっと大きくなったと思います。

ー 一番の学びは「チャレンジすることの尊さ、素晴らしさ」だったんですね。そういったスピリットの部分含め、TWJで学んだことから、経産省で活かしていきたいと思っていることはありますか?

はい。ベンチャーと国で大きく違うと感じたのは、「生み出す」ためのノウハウを皆で貯めて、集合知化している点にあるなと思ったんですよね。アジャイルとか、みんながどんどん知見を生み出している。

政策でもそういう「生み出す」上でのプロセスのアップデートをもっとできないかなとは思っていますね。時代に合わせて政策をアップデートしていくことはとても大事なのに、その「変える」ためのノウハウが世の中に溢れていない。

たとえば、民間の方がある規制につまずいていて、うまくビジネスできないから法改正を訴えたいと考えた時に、そのためにどんなステップが必要か世の中にうまく共有されていない。そういった所をもうちょっとアップデートしていきたい、というのはありますね。みんなで上手に政策を使えたり、作り変えたりできる社会にできたら、もっと早く社会は良くなっていくんじゃないかと思っています。

ーなるほど。政策のアップデート速度がこれから上がっていくかもしれないと思うと、ワクワクしますね。では最後に、伊藤さんにとってTWJへの「移籍」は、どんな経験だったか、教えていただけますか?

うーん、どんな経験かですか…!
どうだろう…。

「結構がんばったな〜」とは思いますね(笑)。あっという間でした。無我夢中だったというか、ずっと「DFree」のことを考え続けて、どういう風にお客さんに価値を届けられるかと考えた8ヶ月でしたから。TWJと「DFree」に感謝しています。

 END

トリプル・ダブリュー・ジャパン株式会社で、同じく「レンタル移籍」を経験したNTT西日本・新田一樹さんのストーリーはこちら

 


トリプル・ダブリュー・ジャパン主催 トークイベント 開催!

今注目のスタートアップ、大企業、オピニオンメディアのリーダー達が、「勝手な自粛を打ち破れ!」と題して、社会課題として注目されている「おおっぴらに話しにくい悩み」の解決への取り組みを語りながら、オープンなトークを繰り広げます。トリプル・ダブリュー・ジャパン代表の中西氏も登壇! スタートアップや社会課題の解決、ヘルスケアへの取り組み等に興味のある方は、ぜひこの機会に話を聞いてみてはいかがでしょうか?

https://dfree-speakout.peatix.com

レンタル移籍とは?

大手企業の社員が、一定期間ベンチャー企業で事業開発などの取り組みを行う、株式会社ローンディールが提供するプログラム。ベンチャー企業の現場で新しい価値を創りだす実践的な経験を通じて、イノベーションを起こせる人材・組織に変革を起こせる次世代リーダーを育成することを目的に行われている。2016年のサービス開始以降、計24社48名以上のレンタル移籍が行なわれている(※2019年8月実績)。→ お問い合わせ・詳細はこちら

 

協力:経済産業省、トリプル・ダブリュー・ジャパン株式会社
インタビュー:太田尚樹

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