「お客様のやりたい」を形にしてきた私が、「自分はどうしたい?」と問われた1年間
「クライアントの『やりたい』を実現するのが自分の仕事。ではその『やりたい』は一体、どこから生まれてくるのだろう?」ーーオージス総研で大手企業の基幹システム開発を担ってきた坂井さんは、PMとしてクライアントとやり取りを重ねるうちに、そんな疑問を持つようになりました。
事業会社のなかを見てみたいとレンタル移籍に応募。環境負荷の小さい農業で育てられた農作物の通販を展開するベンチャー企業、株式会社坂ノ途中に移籍しました。移籍先で何度も突きつけられたのは、「坂井さんはどうしたいんですか?」という問いでした。
「これまで仕事において、自分の想いは重要ではないと思っていた」と語る坂井さん。長野県のある生産者との出会いや、移籍先での様々な経験を通じて、少しずつ「自分はどうしたいのか」を仕事に乗せるようになります。1年間のレンタル移籍で、坂井さんの仕事に対する考え方はどう変わったのでしょうか。お話を伺いました。
(※本記事は2026年8月に取材したものです)
「なぜ、このシステムをつくるんだろう?」から始まった越境
――坂井さんはなぜ、レンタル移籍に手を挙げたのですか?
キャリアのスタートから一貫して、企業のシステム開発を実行・支援するSIerで働いてきました。プログラマーから経験を重ね、次第にプロジェクト全体をまとめる立場を担うようになりました。前職は二次請けのSIer。お客様と直接会話をする機会は多くはありませんでした。もっとクライアントの近くで仕事をしたいと思い、そのような仕事をたくさんしているオージス総研に転職しました。
転職してお客様と直接会話をする機会は確かに増えたものの、今度は別の疑問が生まれてきたんです。
「なぜ、このシステムを作ろうと思ったのだろう?」「なぜ、この意思決定をしたのだろう?」と。
私たちSIerに要望が届くまでに、どんな議論があり、どうやって意思決定がされたのか。私には見えませんでした。事業会社のなかはどうなっているんだろう、というモヤモヤが溜まっていき、社内で募集していたレンタル移籍への応募を決めました。

――移籍先はどんな軸で探しましたか?
直感的に「面白そう」と感じた関西の会社を軸にリストアップしました。なかでもWebサイトから事業への想いがひときわ熱く伝わってきたのが、私の参画した株式会社坂ノ途中でした。環境負荷の小さい農業で育てられた野菜を中心に、お米やくだもの、加工品などの通信販売をしている会社です。前職で、食にまつわる企業のシステム開発に長く携わっていたこともあり、自然と食品関係の会社に目が向いたのだと思います。
ただ、坂ノ途中は日々の暮らしを大切にしている方に向けたサービスという印象で、実は最初は「自分とは少し縁遠いかも」と感じていました(笑)。ところがよくよくWebサイトを読んでいくと、共感できる言葉がたくさんあったんです。一度話を聞いてみたいと面談に臨んだところ、私の話を温かく受け止めてくださって「うちでもやっていけると思う」と言っていただき、移籍を決めました。

移籍早々、指摘された仕事に対する「待ち」のスタンス
――大企業からベンチャー企業に移籍して、ギャップを感じたことはありましたか?
たくさんありました(笑)特に大きかったのが、なかなか主体的に動けなかったことです。誰かが「OK」と言ってくれないと動けない。そんな「待ち」の姿勢が、自分の体に染み付いていることに初めて気がつきました。
こうした姿勢を変えるのはすごく難しくて苦労しました。正直、変えきれないまま移籍が終わってしまったという悔しさもあります。
――何をきっかけに、ご自身の「待ちの姿勢」に気づいたのでしょう?
移籍先では取締役が1対1でメンタリングをしてくださったのですが、移籍して割と早い段階で指摘されたんです。その数ヶ月後には、別の方からも同じ指摘を受けて……。
すぐに変えることはできなくても、指摘されたことで意識するようにはなりました。ストレートに指摘してくれた環境に、本当に感謝しています。
――ベンチャーで働くみなさんの働きぶりをみて、何か感じたことはありましたか?
一人ひとりが、自分たちの仕事や事業に誇りを持っていることがとても印象的でした。自分の仕事が事業にどんなインパクトを与えるのかを考えながら、それぞれが意志を持って取り組んでいるんです。
そんな姿を直近で見ているうちに、「自分はどうなんだろう」と考えるようになりました。私はみんなのように意志を持って仕事に取り組めているだろうか、と。私にとってこれまでとは180度違う環境に身を置いたことで、自分自身の仕事に対するスタンスが、少しずつ浮き彫りになっていったように感じています。

ユーザーの声から生まれた、自分の提案
――移籍中、特に印象に残っている仕事について聞かせてください。
移籍先で携わった仕事のひとつが、農業生産者向けのWebサービス「farmO(ファーモ)」の拡販です。farmOは有機農業や環境保全型の農業など、環境負荷の小さな農業を行う生産者が販売や受注管理に利用できるサービスです。もともとは無償で提供していましたが、安定的なサービス提供に向けて有償化し、SaaSサービスとして成長させていく方針が決まっていました。
実際にサービスのユーザーは、どんな風に使っているのか、生の声を聞きに行く機会がありました。坂ノ途中のバイヤーに同行して、長野県の生産者さんを訪れたんです。
そもそもサービス開発のためのユーザーヒアリング自体が初めてだったので、事前に質問を用意して臨みました。どんな風にシステムを使っているのか。使いにくいところはないか。システム化できたら嬉しい仕事はあるか……などなど。
先方が振る舞ってくださった採れたての大根を食べながら、色々な話をするなかで収入の話になりました。その生産者さんがいる地域は標高が高く、冬になると雪が積もって野菜をつくれなくなります。冬場は加工品を販売する程度で、年間収入のほとんどを夏の農作物で得ている、という話でした。農業に詳しくなかったので、すごく驚きました。
実はこのお話が、その後、farmOの料金プランを検討する際に大いに役立ちました。収入にこれだけの季節変動があるなら、毎月同じ金額を払ってもらう月額固定にはしない方がいいと思ったんです。
そこで、出荷額に応じて料金が変わる従量課金制のプランを考えて社内で提案したところ、その案が採用されました。
さらに有償化後、ユーザーヒアリングのため、ある生産者さんに電話をかけたところ、「従量課金制なのがとてもいい」とコメントをもらったんです。私起点で企画したプランをユーザーさんに喜んでもらえた、貴重な経験になりました。

「あなたはどうしたい?」を問われ続けた1年
――長野県でのヒアリングが、新料金プランの企画につながったんですね。
そうなんです。ただ、すべての企画が通ったわけではありません。別の企画では、提案をリジェクトされたこともありました。その理由として言われたのが「あなたの想いが乗ってない」ということでした。
そもそも私は、「仕事において、自分の想いは重要ではない」とずっと思っていました。SIerの仕事は、お客様の想いを形にすることであって、自分の想いは乗せるべきではない、と。
ところが坂ノ途中では、何度も「あなたはどうしたいの?」「どんな想いがあるの?」と聞かれました。
farmOの新しい料金プランを提案した時は、「生産者さんの収入には季節変動がある。だから従量課金制にすれば使いやすく、ビジネス的にも十分にペイする」と自分なりの理由をもって説明し、受け入れてもらいました。
一方、別の契約形態の料金設計を提案した時は「なぜこのプランにしたいのか」を十分に語ることができず、提案は通りませんでした。
通った提案と、通らなかった提案。両方を経験して、「仕事に想いを乗せる」ことの大切さを実感しました。
――オージス総研に戻ってからも、想いの大切さを感じることはありますか?
感じます。今は移籍前にいた部署から異動して、新規事業を開発する部署で働いています。新しい事業や企画を考えるときは、「自分はこれをやりたい」という意志や想い、思い入れの強さが、事業を前に進める原動力になると思います。
もちろん、システム会社の新規事業である以上、SIerとして培ってきたロジカルに考える視点も欠かせません。坂ノ途中での経験を通じて、「想い」と「ロジック」、両方の視点からものごとを考える必要があると気づけたことが、今の仕事にも活きていると感じます。

帰任後、新規事業をつくる側へ
――今は新規事業開発を担当されているんですね。
オージス総研ではレンタル移籍後にどの部署に行きたいか、自分で決めて応募する仕組みになっています。私は移籍の経験を活かせる部署として、新規事業開発部を希望しました。今は、すでに立ち上がった新規事業のグロースを担当しつつ、ゼロから新規事業を立ち上げる部署も兼務しています。
移籍中の経験が、直接的に役立つ場面もあります。実際に事業会社で働くなかで、お客様や現場の方から一次情報を得ることが、想像以上に難しいことを経験しました。だからこそ、新規事業を立ち上げるには地道な仮説検証や対話の積み重ねが必要なのだと、今は実感を持って理解できています。以前よりも、新規事業をつくることを具体的にイメージできるようになりました。
――仕事の進め方に変化はありますか。
以前なら、わからないことがあると誰かに聞いて、回答が得られるまで待っていました。でも今はまず、自分で調べて動いてみるようになっています。少しずつですが、主体的に動けるようになってきたと思います。
もちろん、今でも「また待ちの姿勢になってる。この動き方はダメだ」と後から気づいて、頭を抱えることもあります(笑)。でも自分で気づけるようになったこと自体が、ひとつの変化だと思っています。
――これから挑戦したいことはありますか?
新規事業の立ち上げ初期のフェーズに、もっと深く関わっていきたいです。移籍先では、事業の種を見つけて育てていく難しさと面白さを知ることができました。だからこそ今度は、自分自身も事業の構想段階から関わり、試行錯誤しながら形にしていく経験を積んでみたいと思っています。
現在もそうした機会に携わることができているので、一つひとつ経験を積みながら挑戦していきたいですね。
――すでに動き始めているんですね。最後に、レンタル移籍への挑戦を考えている方にメッセージをいただけますか。
レンタル移籍は、転職をせずにベンチャー企業を経験できる、面白い制度だと思います。所属企業に戻ることを前提に、思い切って社外の環境に飛び込める。そういう挑戦ができるのは、レンタル移籍ならではだと思います。必要なのは好奇心だけです。
私自身も、「事業会社のなかを見てみたい」という好奇心から飛び込んで、人に話せるような経験をたくさんすることができました。少しでも「外の世界を見てみたい」という気持ちがあるなら、思い切って飛び込んでみてください。少なくとも私は、飛び込んでみてよかったと思っています。

協力:株式会社オージス総研・株式会社坂ノ途中
インタビュー・文:藤井恵

