大企業13年のキャリアを「外の物差し」で測り直す。アイシン社員が「3ヶ月・本業の20%」の越境で知った、スキルの現在地
3ヶ月間、業務時間の20%を使ってベンチャー企業の業務に参画する「side project」。本業を続けながら、異なる環境で自分の力を試す社外兼務型越境プログラムです。
2026年からこのプログラムを導入したのが、自動車部品のグローバルサプライヤー、株式会社アイシンです。同社1期生としてside projectに参加した第2EV技術部 事業企画グループの名幸 寿さんは、財務の専門性を深めつつ、事業のスピード感を肌で知るために越境へ踏み出しました。
「3ヶ月・20%」の越境体験は名幸さんに何をもたらしたのでしょうか? 13年間培ってきたスキルは、外でも通用するのか。成果を出し切れなかった悔しさも含め、3ヶ月の越境で見えたものを伺いました。
大企業に軸足を置いたまま、3ヶ月だけベンチャーへ
ーまず、これまでのキャリアからお聞かせください。
新卒から13年間、当社の工場や本部の企画部門にて、予算管理や製品ごとの採算改善といった財務分野に携わってきました。今は電気自動車(EV)の製品企画部署で、駆動系部品の検討を進めています。
ー財務分野でキャリアを積み重ねてこられたんですね。今回、どうしてside projectに応募されたのでしょう?
今担当している電気自動車の競合は中国です。中国の商品投入スピードの速さって、すごいんですよ。遅れを取らないためにどうするか?という課題感があるなか、「ベンチャーの環境に行くことでそのヒントが得られるんじゃないか」と考えました。
もう一つ、個人的な思いもあります。当社でのキャリアが10年を超え、中堅になってきた中で、財務分野でもっとスキルを伸ばしたいと感じていました。例えばM&Aや事業買収のような、幅広く数字を見て経営層と議論をする、ハイレベルな経験も積んでみたい、と。その意味で、ベンチャー企業であれば経営層と近い距離で議論し事業に関わる経験ができるのではないかと思い、興味を持っていました。
そんななか、「ベンチャー企業に越境できるプログラムが始まるらしい」と聞き、「いつ来るんだ!?」と待ち構えて(笑)。募集が出たときにすぐに手を挙げました。
ー今回参加されたside projectは、3ヶ月限定で、本業に軸足を置きつつ20%ベンチャー企業に関わる「副業型」の越境プログラムです。「3ヶ月・20%の越境」にはどんなイメージを持ちましたか?
慣れ親しんだ大企業に軸足を置きながら越境できる点は、すごく魅力的だと感じました。
3ヶ月という時間も絶妙で、テスト勉強で言うと、僕は直前になってバーっとやるタイプ(笑)。期間が限られている分、「絶対にここまでにやらないとあかん!」と覚悟が決まりましたし、上司にも「本当に限られた期間なので、やらせてください」と伝えやすかったです。
13年の財務キャリアは、異業種でも通じるのか?
ー越境先はどんな観点で決めたのでしょう?
越境先では財務スキルを軸に、経営に絡む数字を扱ったり、事業戦略やマーケティングなど関連分野に枝葉を広げたりするような機会を得たい、と考えていました。
かつ、それを異業種でやってみたいとも思っていました。今の財務分野の知識・経験が他業界でも通じるのか。新卒でずっと当社にいるので、異業種のベンチャーに飛び込んだ時に自分はどこまでやれるのか試す意味でも、違う業界に行きたいと思っていました。
ーそんななかで選ばれた越境先が、SNSマーケティング支援を行うテテマーチさんです。
はい。異業種であったことに加え、「財務スキルを生かした業務改善をお願いしたい」と提案をいただいたことが決め手となりました。
ただ、会社の状況を理解して提案まで行うとなると、「3ヶ月・20%」という時間で足りるのか不安もありました。これまでの感覚だと、その時間軸でできることって「ある程度業務を覚えて終わり」くらいじゃないかなと……。
その懸念を率直に先方に伝えたところ、「それなら事前にこういうことをやってみたら?」と提案してくださいました。そうしたやり取りを重ねるなかで、「3ヶ月・本業の20%」への不安も和らいでいきました。

経営の合意の先にあった「現場の納得」という壁
ー具体的に、越境期間中はどんなプロジェクトを担当されましたか。
テテマーチは、2015年創業のベンチャー企業です。ちょうど成長期を迎え、事業がもう一段大きくなるタイミングでした。全社で取り組むKPI指標を設定し、現場も含めて活動できる体制を作りたいという話を受け、社内データの分析とKPI指標の設定、収益性の可視化・生産性向上につなげる取り組みを企画・リードしました。
ーまさに会社全体の理解が必要な内容ですね。3ヶ月・20%のなかでどのように進めていったのでしょう?
1ヶ月目は、経営層とKPI設定方針について目線合わせを行いました。財務データを踏まえたイメージを提案したところ、すんなり「そうだね」と受け入れていただけて、1ヶ月目は割とスムーズだったと思います。2ヶ月目は、そのKPIを作るためのデータ作りをしていきました。ベンチャーはリソースが非常に限られるので、「いかに効率よく作るか」をすごく意識しましたね。
しかし2ヶ月目の途中から、本業の業務がかなり立て込んでしまい、side projectの時間確保が難しくなってしまったんです。毎週「この時間はside projectの時間」と決めていたのですが、予定していた時間も本業でいっぱいになってしまって……。前倒しのスケジュールを意識していたものの、本業とバランスを取りながら成果を出すことは、想像以上に難しい面がありました。
ーちょうど中間地点のタイミングで、時間が取りづらい状況が生まれてしまったんですね。
その影響で、現場メンバーへのKPI指標の説明が3ヶ月目にずれ込んでしまいました。
大企業の感覚から「経営層に了承を得られていれば、ある程度は現場にも受け入れられるのでは」とイメージしていたのですが、実際に説明してみると、経営層とは違う目線の意見がたくさん出ました。「現場でどう使うか」という観点での意見が多く、そのまま展開するには至りませんでした。
当社では、経営層の了承が得られれば、そこから現場へ展開していくような進め方も多くあります。一方テテマーチでは、経営層の合意に加え、現場一人ひとりの納得感を大切にしながら物事を進めるカルチャーがありました。このカルチャーの違いは事前に想定できていなかったですし、越境したからこそ体感できた発見でした。
もう少し時間があれば、現場の意見を反映しKPIを見直すことができたかもしれませんが、現場の意見を反映してKPIを仕上げるところまでは、期間内に到達できませんでした。KPI指標を社内の活動に落とし込めなかったことは、正直心残りがありますね。
やり切れなかった悔しさと、見つかった自信
ーご自身の中で不完全燃焼な部分はあったようですが、当初の目的だった「異業種で自分のスキルを試す」という部分では、良い気づきを得られたのではないでしょうか?
そうですね。経営層と目線を合わせてKPI設定ができたことは、僕自身の自信になりました。
また、確かに悔しさは残ったものの、「経営と現場を結ぶために、もっといろんな業種の現場を理解しないといけないな」と、新しい課題を認識することにもつながりました。
ーベンチャー企業のスピード感を体感することも目的の一つだったと思います。実際いかがでしたか。
圧倒的に速かったですね。大企業だと複数階層の承認で時間がかかる提案も、テテマーチでは一週間で決定まで進みます。会議の効率の良さ、判断スピードは段違いでした。同時に、複数名の意思決定を挟まない分、一人ひとりの意思決定の重みも学びました。
あと、ベンチャーではラフなイメージをもとに会話する場面が多いのですが、ここはAIがすごく役に立ちました。「こういうアウトプットを作りたい」と言うと、AIが簡単に出力してくれるので、工数削減に加え会話のスピードも上げることができる。side projectに参加したタイミングで、AIツールが身近にあった恩恵は大きかったですね。

「外の物差し」で、自分の現在地を知る
ー今回の越境経験を経て、ご自身の仕事の仕方にも変化はありましたか?
もう少し効率的にできるんじゃないか?と思い、社内で企画を通すためのアプローチを少し変えるようになりました。これまではしっかり段階を踏んで、事前にこの人までインプットして……と丁寧に進めていましたが、「階層を踏まずに、この人まで1段目で持って行ってみようかな?」など試すことが増えました。
もちろん自社のカルチャーや文脈に合わせていくことは重要ですが、「こうやるのが当たり前だから」と思考停止するのではなく、「もしかしたら、自社でももう少しベンチャーの仕組みを真似できるんじゃないか?」という視点で考えることが大切なんじゃないかと。少しずつ、小さな意思決定プロセスから試してみたい、と思っています。
ー自社を見る目線も、変わった部分があるのではないでしょうか?
「すごく社員に優しい会社なんだな」と改めて感じましたね。同時に、だからこそ僕らは甘えてしまうこともできる。会社の成長は、社員の意識が肝です。一人ひとりが会社を成長させていこう!という気持ちを持って働くことが大切だと、外を見たことで改めて認識しましたね。
ー最後に、越境の面白さや価値は何だと思いますか?
自分が持っている価値観や常識って、今働いている環境を通じて培われたものだと思います。それを、「外の物差し」で測り直し、その物差しを通じた自分の価値を確かめられることが、越境の大きな価値だと思います。そこで見えた自分の価値が今より上でも下でも、もう一度進みたい方向を見つめ直し、軌道修正することにつながります。
僕自身も、「今いる大企業の環境で頑張りたい!」という思いを新たにしましたし、今後もしチャンスがあれば、もう一度ベンチャーの環境にチャレンジしてみたい、という気持ちも芽生えてきました。特に大企業で働く人にとって、越境は自分自身の価値を再発見できる、キャリアを捉え直す上で非常に貴重な機会になると確信しています。
Fin.
協力:株式会社アイシン・テテマーチ株式会社
インタビュー・文:大沼芙実子
撮影:酒井雄大

