大企業に所属したまま、“ベンチャーに残る”という選択
「レンタル移籍」は一定期間(1年間など)、大企業の社員がベンチャー企業へ行き、新しい価値を創りだす実戦的な経験を通じて、イノベーションを起こせる人材・組織に変革を起こせる次世代リーダーを育成する取り組みです。
今回お話を伺ったのは、株式会社TOKAIコミュニケーションズ(以下、TOKAI)から、ITエンジニアとして、株式会社フューチャースタンダード(以下、フューチャー)にレンタル移籍した長島大貴さん、26歳(※移籍時)。フューチャースタンダードは、映像解析システムを開発できるプラットフォーム「SCORER(スコアラー)」を提供しているベンチャー企業。
長島さんの移籍期間は1年間で、2018年10月に開始し、2019年9月に終えました。しかし長島さんは現在も、TOKAIの社員として所属しながら、同ベンチャーでプロダクト開発をしています。長島さんはなぜ、今もベンチャーで働き続けているのか? そのワケを伺っていきます。
目次
—自分でつくりたくて、そろそろ限界
学生の頃からエンジニアを目指していた長島さん。大学生の頃は、自らプログラムを書いてシステムをつくることもあったといいます。静岡県出身であること、そして、大きなシステム開発に携わりたいという思いから、新卒でTOKAI コミュニケーションズに入社。入社後は、「自分で設計したプログラムを世の中で動かしたい!」と開発業務を志望したものの、その希望は叶いませんでした。
「フューチャーに来る前は、PMO(Project Management Office)として業務に携わっていました。PMOとはプロジェクトマネージャの補佐にあたり、プロジェクトを円滑に進めるための重要なポジションです。
でも…、僕はずっと“開発そのもの”がやりたくて。オールラウンドに業務をするのではなく、システム設計や、実際に手を動かす開発がしたいと、ずっと思っていました。会社にその意思は伝えていたものの、年齢や経験のこともあってか、なかなかそういう仕事をする機会が得られないでいました。
そんな時に、社内で「新技術者 育成制度」という取り組みが始まりました。この制度は、新技術を社員が学び、それを自社の事業に還元することを狙ったもの。僕はすぐに手を挙げました。『この制度を利用して新技術を身につけたら、開発の仕事ができるかもしれない…』そう思ったからです。
レンタル移籍はこの制度の一環で、実践の場で技術を習得できる…というところに惹かれて、決めました。“自分でつくる”という経験を早くしたくて、この時はもう、行くという選択しかありませんでした」
ー僕のつくったプログラムが世の中で動いている!
こうして長島さんは、レンタル移籍に行くことになりました。そして、いくつかあるベンチャー企業の中から、規模や業務内容でフューチャースタンダードを選択。同ベンチャーとの面談も見事に通過します。そして、移籍してすぐに、念願の開発業務に取り掛かることになります。
「移籍して早々、「SCORER」(※1)の一部の開発を行うことになりました。もともと自分の知っている言語でしたし、勉強してから行ったので、なんとか対応できたと思います。久々に“手を動かす”という感覚が本当に楽しくて、没頭できました。とはいえ、つくったプログラムを社内でチェックしてもらって、『OKです。公開しましょう』と言われた時はさすがに不安でした。そもそも社会人になって、自分がつくったものがそのまま世の中に出ることなんてなかったので…。
でも公開して、ちゃんと動いたのを見て安心しました。それに、みんなが僕のプログラムを見ているんだって思うとすごく嬉しかった。あれから1年経った今、当時のプログラムを見ると、中身は未熟で『1年前の自分、もっと工夫しろよ!』って言いたくなりますけど(笑)」
(※1)フューチャースタンダードが主としている、映像解析システムを開発できるプラットフォーム。
ー「この人がお客さんなのか…」
顧客の声を聞いて生まれた“責任感”
初めての開発業務で順調なスタートを切った長島さんですが、“初めて”の経験は、それだけではありませんでした。それは顧客とのコミュニケーション。大企業ゆえに、顧客の声を直接聞く機会が得られていなかった長島さんは、サービスの原点である、“顧客”に直接触れる経験をします。
「自社にいるときは、ポジション的にお客さんの声を直接聞く機会がなく、リリースされたら手を離れる、という状態でした。ここでは「SCORER」の導入先が顧客になるのですが、顧客の声を聞きながら進めるということもあって、直接話す機会が多々ありました。最初は『この人が依頼主なんだ』と緊張もありましたが、直接、課題を聞けたり、フィードバックをもらえるのは、今までなかったのですごく新鮮。黙々と手を動かすだけだと閉じこもっちゃうから良くないという意識は前からあったので、コミュニケーションが取れたことは本当に良かった。実際楽しかったですし。
それにお客さんの声を聞いてみて、ヒアリングしないと、いいものはつくれないなと実感することもできた。また、直接(お客さんに)触れたことで、自分の中に責任感が生まれた気がします」
ーもっと自由にやっていいんだ
充実した日々を送っていた長島さんは、更なる “初めて”を経験することになります。
「フューチャーでの業務にも慣れてきて、案件が落ち着いた頃、Amazon Echo Show(※2)を使って何かつくれないか、という話をもらいました。アイデアから考える設計の仕事は初めて。でも「SCORER」の開発に携わる中で、映像解析でこんなことができたらいいな…みたいな構想はあったので、その構想を膨らませて提案をしてみました。嬉しいことに、すぐに賛同してもらえて、実際につくるところまで進めることができました。プロダクト化までは至れていないものの、アイデア自体は認めてもらえて…。今後のサービスに活用されるかもしれません」
(※2)AIで動作するスマートスピーカーであるAmazon Echoに、スクリーンが搭載されたもの。
そして、開発に加え、設計をも経験した長島さんに、ある変化が訪れます。
「正直今までは、自分の仕事にそんなに自信がありませんでした。そこそこ大きい会社にいて、そこそこのことをしていたものの、自分でやっている感覚が薄かった。でも小規模組織では、自分含めて一人ひとりが及ぼす影響が大きい。だから『自分がやらないとこのプロジェクトは終わる』という意識で挑むことができました。サポートしてもらいながらもですが直接的に貢献できることも増えて、自分でやったという感覚が得られ、自信に繋がったと思います。それに、自分の言いたいことを言えるようになりました(笑)。
今まで携わったのは大規模プロジェクトばかりで、関わる人数も多く、役割もカチッと決まっている状況でした。だから、自分の意思よりも組織を意識しなければいけなかった。一方、ベンチャーは少人数でプロジェクトを回すため、個人の思いや意思が重要。自分の意見を伝えないと次に進めません。おかげで「思ったことを言っていいんだ、もっと自由にやっていいんだ」という考え方になりました。勝手に型にはまっちゃっていた自分から、解放された気がします」
ー“新技術”を学びに行ったものの、学んだのは技術だけではなかった
順調な移籍生活を送っていた長島さんですが、社会人になって初めて大きな失敗を経験します。しかし、その失敗を経たからこそ、“強くなれた”といいます。
「かなり楽しくやらせてもらっていたのですが、実は大きくやらかしてしまいまして…。今までの業務はすべて営業担当と連携しながらやっていたのですが、この時は社長から直接降りてきた案件ということもあって、自分で全部考えてやらなきゃいけない状況で、管理不足が原因でした。一言で言うと、案件のマネジメントができずに納期を守れなかった。こういう失敗は初めてです。正直、TOKAIでは問題が起こっても、自分一人でやっているわけではないので、自分の責任になることはありませんでした。何かあったとしても、どこか他人事として捉えてしまっていました。でも今回は自分一人でやっていたので、明らかに自分が招いた失敗。実際の損害額はこれくらい…みたいなのもわかって、相当落ち込みました。
周りは『そういうこともあるよね』みたいな感じで優しくフォローしてくれたのですが、なかなか自分の失敗を受け入れられませんでした。時間が経って、ようやくどういうところで失敗したのかと客観的に分析・分解できるようになって、飲み込めました。
メンターの関さんがいつも肯定してくれて…それも支えになりました。あの時は相当きつかったですけど、乗り越えられて、マインドが強くなった気がします。こうして今振り返ると、新技術を学ぶぞって思いでフューチャーに来たのに、マインドの部分で、いろんな変化や気づきが大きかったように思います。ただ黙々と技術を習得していただけでは、絶対に得られない経験だったんだなと、この機会に感謝しています」
ー「ベンチャーに残りたい」 楽しいだけじゃ終われない
様々な経験を経て、長島さんはTOKAIに戻った後のことを改めて考えます。もともとは新技術を学び、自社に還元する目的でレンタル移籍が始まりました。「映像解析の技術をどう自社で活かすか…」それを考えた結果、長島さんはある提案をします。それが、ベンチャーに残る、という選択でした。
「ここでの経験や学んだ技術を、自社の事業に繋げたいっていうのは当然あって。それに、自社に戻って、自分でプロジェクトを提案して通ったら、今度こそ開発ができるかも、とも考えています。でも僕は、もう少しベンチャーに残りたいと上司に話しました。もっとここに居て、開発の経験を積みたい、そう考えたからです。今の状態で戻っても中途半端になる、だからもう少し経験させて欲しいと。
結果、レンタル移籍は予定通り9月で終わりましたが、TOKAIとフューチャーとが直接派遣契約を締結し、来年3月までベンチャーに残れることになりました。実は1年では足りない…と思ったタイミングから、僕はTOKAI内で実績を発表する機会を自ら作ったり、自身の成長について上司に話したり、アピールをしていました(笑)。それもあって、残してもらえたんだと思いますが、理解してくれた上司には本当に感謝しています。
今回の件は、僕のわがままもあると思います。でも親身に話を聞いてくれて、上司が動いてくれたことで、派遣が成立しました。今では『頑張れ』って言って応援してくれている。今思うのは、みんなの支えがあって、楽しませてもらっているということです。だからこそ、楽しいだけじゃ終われないなって。自分がシステムをつくって世に出すのは何よりも楽しい。でもそれで終了じゃなくて、ちゃんと“満足できる仕事”をして、還元していきたい、今はそう思っています」
移籍を終え、現在は直接派遣というかたちでベンチャーで働いている長島さんは、今、楽しく仕事に向き合いながらも、顧客をはじめ、周囲で支えてくれている人たちのことを考えていました。
長島さんの経験は、この後、どんな変化をもたらすのでしょうか?
しばらく見守ることにしましょう。
END
【 レンタル移籍とは? 】
大手企業の社員が、一定期間ベンチャー企業で事業開発などの取り組みを行う、株式会社ローンディールが提供するプログラム。ベンチャー企業の現場で新しい価値を創りだす実践的な経験を通じて、イノベーションを起こせる人材・組織に変革を起こせる次世代リーダーを育成することを目的に行われている。2016年のサービス開始以降、計29社68名以上のレンタル移籍が行なわれている(※2019年10月実績)。→ お問い合わせ・詳細はこちら
協力:株式会社TOKAIコミュニケーションズ / 株式会社フューチャースタンダード
Interview:小林こず恵