コラム・インタビュー

ローンディール・スタッフコラム

「会社の看板がなくても、自分は戦えるか?」ベンチャーへの越境で見つけた、自分なりの仕事の進め方

2019年、新卒で第一生命保険株式会社に入社した戸田宏樹(とだ・ひろき)さん。最初の3年はグループ会社の営業企画の戦略立案、その後の3年は法人営業に従事してきました。

ルートセールスが中心だった営業活動を通じて抱いたのが、「第一生命保険の看板がなかったら、自分は顧客の課題解決に貢献できるのか」という不安だったそう。当時の上司に悩みを打ち明けたことがきっかけで、一定期間ベンチャーに移籍するレンタル移籍を知り、立候補しました。

2025年4月から9月まで移籍した先は、高齢者向けのフィンテックサービスを展開するKAERU株式会社。移籍中に得た経験やスキル、第一生命保険に戻ってからの成果について伺いました。

(※本記事は2026年8月に取材したものです)

インタビュアー:有竹亮介

環境をドラスティックに変えることで「成長」につながる

――まずは、レンタル移籍への参加を決めたきっかけから教えてください。

法人営業をしていたときに、ふと「第一生命保険という看板がなかったら、お客様との接点をつくるところから始めなければいけないんだ」と感じたんです。大企業という枠を飛び越えて、価値観や仕事の進め方が大きく違う環境でも自分のスキルが通用するのか?仮にフリーランスとなった場合でもちゃんと働けるのか?ビジネスパーソンとしてどれくらい市場価値がある人間なのか?といったことを、色々と試してみたいと思い始めました。

同じ時期に、第一生命ホールディングスがビジネスモデルを生命保険業から保険サービス業へと変化させ、2030年に向けて非保険領域(新規事業+アセットマネジメント事業)のグループ修正利益を10%まで引き上げることを打ち出したんです。事業開発の分野にも関心があったので、営業以外の挑戦もしてみたいなと。

――レンタル移籍は、戸田さんの2つの想いに合致する制度ですよね。

そうですね。当時の上司に「新規事業を立ち上げる仕事に携わりたい」と相談した際に、社内制度の1つとしてレンタル移籍があることを知り、大企業からベンチャーへと環境をドラスティックに変えたときに自分が戦えるのか、試してみたいと思いました。

環境の変化にはためらいもありましたが、一定程度の負荷をかけてこそ成長できると感じたし、ベンチャーで経験を積むことへの好奇心のほうが大きかったです。

――数あるベンチャーの中から、KAERUに決めたのはなぜでしょう?

半年間で成果を残しつつ、新規事業のノウハウを経験すると考えたときに、第一生命保険が今後注力していく領域と近いところのほうが多くのことを吸収できると思ったんです。エイジテック・フィンテックの先駆者であるKAERUであれば、Win-Winの移籍になるとイメージができました。

事業内容以上に決め手となったのが、代表の岡田知拓さんの存在です。移籍前の面談の際に話してくださった組織に対する想いやビジョンに心を打たれて、ここで働きたいと思いました。

――当初、岡田さんから「半年だと受け入れは難しい」という返答があったそうですね。

再度面談の場を設けていただき、改めて自分が貢献できる業務領域などについて話しました。実は私自身、第一生命保険の人事に「1年間移籍をさせてほしい」と掛け合っていたんです。ただ、社内の制度上、移籍期間は半年が上限でした。それでも、その想いを岡田さんが汲んでくださったのだと思います。

また、KAERUでは、切迫感のある中、採用コストをかけて移籍者を雇ってでも、直近の事業をどうにかしたいという想いもあったそうで、貢献したいという気持ちが強くなりましたね。

「メンバーの性格や価値観」を知ると「自分の強み」も見えてくる

――KAERUでは、どのような業務を担当されたのですか?

高齢者向けキャッシュレスサービスのユーザー増加を目標に、事業開発と営業を担当しました。

初日に「半年間で獲得するユーザー数を設定し、ロードマップをつくりましょう」と言われて、戸惑いましたね。第一生命保険では、経営層や所属長が描いたKPIやゴールに向かって業務を進めるすることがほとんどだったので、自分でゴールを設定してロードマップを描き、課題解決策を考えるという動き方が初めてだったんです。

――すぐに動き出せましたか?

まずはとにかく動いてみようと思い、移籍1週間くらいで「半年間で自分に何ができるか」を念頭に置くようになりました。「成果を残さなきゃ」というプレッシャーも原動力だったかなと(苦笑)。

ただ、顧客の情報や販売チャネル、サービスを必要としている人の属性といった一次情報が手元になかったので、当時、サービスを広めていたケアマネジャー経由で居宅介護支援事業所を訪ね、市場調査や現場調査に踏み出しました。

何もしていない状況の方が不安だったので、行動に移すことが安心材料になっていましたね。

――移籍3ヶ月目に、岡田さんから厳しいフィードバックがあったそうですね。

はい。第一生命保険の人事から、「経営陣としてやっていける人材かどうか、レンタル移籍期間中に見てほしい」と岡田さんに依頼があったんです。岡田さんからは「経営陣として登用するレベルには至っていない。戸田さんは弱点をさらけ出すことが苦手だよね」と言われました。

極力周囲に迷惑を掛けず、自分でなんとかするクセがついている自覚はありました。ただ、それだと短期間で成果を出しづらい。自分ができないこと、やらないことを要件定義して、バリューを発揮できる人に任せることも大事で、経営層にはその判断力が必要だということだったんです。

(左はKAERU 代表取締役 CEO岡田さん、右が移籍者の戸田さん)

――岡田さんの言葉がきっかけで、仕事の進め方は変わりましたか?

はい。一緒に働くメンバーの強みや性格、価値観を意識するようになりました。それぞれの個性を加味して仕事を進めた結果、自分が貢献できるポイントは「今KAERUに足りていないこと」を考えられる点かなと感じたんです。

第一生命保険で培った営業活動でお客様の課題を見つけてきた経験は、事業に足りない要素を見つけることにもつながると思ったからです。

KAERUには会社やサービスのよさを対外的に打ち出す資料が不足していることに気づき、導入企業のインタビュー動画を8~9本制作しました。また、KAERUのサービスを導入した企業に対するカスタマーサクセスの業務フローが固まっていない状況だったので、まずは現場に赴いて顧客と直接対話をしながら、既存の業務フローから抽出されたボトルネックを特定しました。その上で、新たな施策の立案・運用検証まで行ったことで、新たなカスタマーサクセスモデルへの刷新につながり、既導入先の利用ユーザーの大幅伸展に貢献することができました。こちらは半年間の成果の1つと感じています。

(上段左から、KAERU福田さん、KAERU岡田さん、下段左からKAERU鈴木さん、移籍者の戸田さん、KAERU古池さん)

ゴールを決めて仮説検証を行う中で動き出した新規事業

――移籍した半年間で、もっとも大きな気づきは何でしたか?

短期間で成果を残すためには、周囲のメンバーが正解を知らない問いや仮説を泥臭く検証するためのアクションを取る必要がある。自分で立てたゴールや仮説に納得感を持って仕事を進めるには、裏づけとなる情報を自分の耳や足で仕入れることが大切だと実感しました。

――移籍当初に戸田さんが動いた部分ですね。

そうですね。KAERUではユーザーの獲得・伸展に際して、チャネルの開拓や新規事業に関わるPoC検証などにも携わったのですが、どの業務においても自分なりの仮説を立てて検証するという進め方は同じでした。どの領域の仕事においても、会社や組織の成長に繋がる正しい問いやゴールをセットすることや、そのゴールと現状のギャップを理解して何を解決すべきかという目的意識を掲げて取り組むことは必要であり、半年間で段階的に意識できるようになったと感じています。

――岡田さんからの評価は、変わりましたか?

結論として「経営陣として迎えるのは難しい」という回答でした。ただ、私が移籍前に抱いていた1つの疑問だった「フリーランスになっても活躍できるのか」という部分においては、「十分にできるんじゃないか」という評価をいただき、素直にうれしかったです。

素早く動き出すことに加えて、何を解決すべきかという「正しいイシューを定義すること」を掲げて取り組めるようになったところが、評価につながったと感じています。

――第一生命保険に戻られてからは、どのような1年を過ごしてきましたか?

2025年10月に戻ってから人事部人材開発室に着任し、第一生命保険が注力する事業に必要なDX・AI人材の育成、スキルベースの育成戦略の立案、ラーニングカルチャー醸成に向けた自己啓発メニューの企画推進・運用などを行う仕事を担当してきました。

並行して、2025年夏に新たに立ち上がった社内ベンチャー制度に応募し、審査を突破することができました。この10月から、提案したビジネスモデルの仮説検証を行い、売上や収益につながると判断された際には子会社化するという動きになっていきます。

――ちなみに、どのようなアイデアで応募されたのですか?

営業や接客をしているスタッフの第一印象や身だしなみを、AIが改善・指導するサービスです。営業時代に課題抽出力や提案力だけでなく、第一印象や清潔感が想像以上に営業成果と連動することを実感した経験があり、このサービスがあれば自分が理想とする清潔感へ磨きをかけることを楽しみながら、失注の防止につなげることができると考えました。

――今後の展開が楽しみですね。改めて、移籍の経験は第一生命保険でも活きていますか?

はい。ベンチャーにいた頃は、自分で立てた仮説がすぐに崩れることの方が多かったので、数多くの仮説を持っておくことがうまく仕事を進めるコツだと痛感しました。意思決定スピードが早いベンチャーでは事業をより成長させる上で仮説を持ち続けることがとても大事で、この経験は大企業での企画業務に大きく役立っていると感じています。

仮説の精度が20~30%であっても、その仮説を上司やメンバーにぶつけて検証を進め、仕事を前に進めることで、経験を還元できているのかなと感じています。

周囲からも「仮説を立てて検証するスピードが速い」「多角的な視点がある」と言ってもらえることが増えました。一方で、立てた仮説を最後まで検証し、意思決定につなげるところまでは、まだ十分にやり切れていません。そこは自分の伸びしろだと感じています。

――これから、どんなことに挑戦していきたいですか? 

移籍後に自分のやりたいこと「WILL」を整理したんですが、私のWILLは「自分のアイデアで人の行動変容を生むこと」でした。数年後には、新規事業を通じて周囲の人の行動変容を促す人材になっていたいですね。一方で、人事部に異動して、HRの領域で人に影響を与える仕事の面白さも知りました。将来的には、HR領域で戦略を描くような立場で活躍する道もあるのかなと考えています。

KAERUでKPI・ゴールの設定などを経験し、情報収集や仮説検証の大切さを実感した戸田さん。第一生命保険に戻ってからも自らアクションを起こすことを重視し、新規事業の最初の一歩につなげました。半年間の移籍で得た経験は、今の仕事の進め方に息づいています。10月から始まる新規事業という次のステージでも、戸田さんの挑戦は続きます。

協力:第一生命保険株式会社 / KAERU株式会社

インタビュー・文:有竹亮介

撮影:宮本七生

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