コラム・インタビュー

LoanDEAL(レンタル移籍)

経営戦略としての「越境学習」〜人的資本を事業成長へ転換する、NTTドコモ10年の軌跡と組織還元の戦略〜

社員を日常の業務環境から離し、社外での実践を通じて成長を促す「越境学習」が注目されている。本セッションでは、株式会社ローンディールの野島朋子氏の進行のもと、株式会社NTTドコモの伊藤孔明氏と柏崎健太氏が登壇。NTTドコモが10年にわたり取り組んできた越境施策の変遷と、人的資本を事業成長へ転換するための戦略を語った。参加者同士のグループワークや質疑応答も交え、越境学習をいかにして「線」の施策へと進化させ、社内に変革をもたらすかについて、具体的な課題と実践知が共有された。

※ 本記事は、日本の人事部「HRカンファレンス2026-夏- in 東京」イベントレポートより転載しております

登壇者プロフィール

伊藤 孔明氏(株式会社NTTドコモ 総務人事部キャリア開発担当 担当課長)

(いとう よしあき)入社以来、4G(LTE)エリアの展開に関する業務全般に従事。その後は自社の経営企画領域や人事経験を経て、2021年より現職の総務人事部にて主に人材育成に関する業務に従事。2019年にドコモを一度退職し、リクルートにて人事関連業務に従事するなど自身としても越境の経験を積んでいる。

柏崎 健太氏(株式会社NTTドコモ 総務人事部キャリア開発担当 主査)

(かしわざき けんた)2017年中途入社。各種サービス立ち上げ・13サービスのマーケティング統括を歴任し、2024年より現職。スポーツマーケティングを専門とし、2022年より副業でコンサルティングファーム代表、2025年よりパラスポーツ推進ネットワークにも参画。自身も越境キャリアを実践している。

野島 朋子氏(株式会社ローンディール プロデューサー)

(のじま ともこ)百貨店で10年超、ビジネス激変期の現場リーダーとして経営と現場の板挟みを経験。人起点での変革を志願し人事部へ異動、人材育成施策や出向研修の運営を担当。現在はローンディールにて、経営の狙いと現場のリアルを理解する経験をもとに、真に組織が動く「越境学習施策」の伴走支援をしています。

アウェイでの気づきをホームに還元する、越境学習の本質

株式会社ローンディールは2015年7月設立。所属する組織とは異なる環境で学びを深める「越境学習」に関するサービスを展開している。大企業の従業員が約1年間ベンチャー企業で働いて事業開発や価値創造に取り組むレンタル移籍プログラム「レンタル移籍」、業務時間の20%を活用しベンチャー企業のプロジェクトに社外兼務型で参画する「side project」、オンラインでベンチャー企業の経営者と議論を交わす他流試合プログラム「outsight」を提供し、人と組織の変容を支援している。導入した大企業は累計150社を超え、これまで1300人以上が利用している。

セッションは、ローンディールの野島朋子氏による「越境学習」の解説で幕を開けた。野島氏は、越境学習の本質を「ホーム(自社)からアウェイ(社外)へ環境を変え、そこで得た知見や気づきをホームに還元すること」と定義。単にアウェイを経験するだけでは不十分で、そこでの違和感や発見について「なぜできるのか/できないのか」を深く内省し、実践と挑戦を繰り返すことで、初めて個人の中に学びや経験が定着すると強調した。

「ただ『外に行けばよい』という発想で施策を作ると、思い描いたような成果が得られません。アウェイでの未知との遭遇、内省、実践・挑戦、ホームへの還元という一連のサイクルを回すことが、越境学習の重要な考え方です」

野島朋子氏 講演の様子

NTTドコモの越境施策改革:コンピテンシーから事業貢献へ、目的の転換

続いて、株式会社NTTドコモの伊藤孔明氏が登壇し、同社における越境学習の位置づけと施策の変遷について説明した。NTTドコモにおける越境施策の歴史は長く、社外の企業で経験を積むOJT型の取り組みは約10年前から運用してきた。同社は越境施策を「自己を磨く・挑戦する施策」と位置づけ、人的資本KPIとして「2027年度末までに全社員の30%が何らかの越境経験を積んでいる状態」を目指すことを宣言。全社で越境施策の推進に注力している。10年の取り組みの中で、直近の3年間は施策の目的を大きく転換させる変革期だったという。

「従来は、社員の基本的な能力や素質であるコンピテンシーを強化し、個人の成長にフォーカスした運用でした。現在は、社員を『事業貢献ができる人材』に育て、個人の成長と事業還元を連動させるための大改革を行っています。つまり、越境施策の軸をコンピテンシーから事業貢献に移行しているのです」

事業に貢献する人材を育成するためには、「越境させるだけ」の運用からの脱却が不可欠である。同社では、自社の別ポストで経験を積む「社内ダブルワーク」を土台とし、「社外ダブルワーク」「社外OJT」「グローバルOJT」へと、社員のステータスに応じて難易度を上げる網羅的なラインナップを整備した。

伊藤孔明氏 講演の様子

伊藤氏は、施策の効果を最大化するための全体設計として、派遣企業選定、人選、派遣伴走、そして帰任調整という四つの要素を「線」として連携させることの重要性を説いた。過去の運用では、個人の強い意志を尊重した人選を行い、派遣中はあえて意図的に距離を置く「タフアサインメント」を重視。また、帰任時期が近付いてから帰任するポストを探すといった、「点」としての運用になりがちだった。

現在の運用では、派遣する社員の選考段階から「派遣先で何を持ち帰り、NTTドコモの事業にどう貢献・還元したいのか」を問い、派遣中は四半期ごとの報告会やキャリア面談を通じて細やかに伴走。帰任先についても、派遣前から人事部門と連携し、見通しを立てて調整を行っている。伊藤氏は「事業貢献人材を育てるための各パーツを、しっかりと接続させて線にして運用しています」と述べた。

伊藤氏の説明に対し、野島氏から「事業部の理解を得たり、帰任時の配置を調整したりするうえで難しい点はないでしょうか」との問いが投げられた。伊藤氏は、「越境施策の改革を始めた3年前は、社内に懐疑的な人が多かったと思います。しかし、泥臭く対話を重ねて施策の価値を伝え続け、実際に派遣を経験してもらうことで、徐々に前向きな反応が得られるようになってきました」と明かした。

また、現状は公募制で運用しているが、事業貢献人材育成としての効果をより拡大することを目的とした指名制の導入も議論しているという。

帰任者が事業に貢献する「四つの型」と変容プロセス

続いて、野島氏がローンディールによる越境学習の支援内容を紹介した。同社は、越境の目的の言語化や経験のデザイン、移籍先のマッチングから、越境中の専属メンターによる内省支援と業務調整、そして学びの言語化や還元アクションのサポートといった帰任後まで伴走する。効果測定や施策改善のコンサルティングを含め、越境前から越境後までを一気通貫に伴走支援している。

この支援体制を踏まえ、NTTドコモの柏崎健太氏が、帰任者が実際にどのように事業へ貢献しているのかを紹介した。同社は越境者とその上司に対するヒアリング調査結果を分析し、帰任後の活躍を「四つの型」に分類した。

一つ目は「新規事業の推進」。ベンチャー企業で経験を積んだ後、NTTドコモに戻ってからもベンチャー的な意思決定の速さを持ち、新規事業の立ち上げをリードするケースだ。社内で評価しやすく、越境の効果がわかりやすいという。

二つ目は「既存事業の変革」。帰任後、本人の希望とは異なる既存事業の部署に配属された場合でも、モチベーションを失わずその場でできることに取り組み、ボトムアップで全社KPIの刷新といった変革を実現した例が紹介された。柏崎氏はこの事例について、「既存の文化や仕組みが強い中でも、やるべきことを見定めて事業変革にトライした、素晴らしい成果だと捉えています」と評価した。

三つ目は、NPO法人へ越境した人の事例に基づく「部門間の連携」。自らの職業観を深く見つめ直して帰任した社員が、約40もの異なる部門・立場をつなぐ共通指標を創出し、横断的な課題共有の仕組みを作ったことで、組織の風土を変革した。

四つ目は「外部知の翻訳・適用」。越境先の先進的な手法を、自社の既存の仕組みや文化に最適なタイミングと方法で適応させ、事業をより良くしていくケースだ。内と外の両方の文化を理解しているからこそ、効果的な提案が可能になった。

見えてきた越境学習の本質|個人のOSを書き換える「重力脱出モデル」

柏崎氏は、越境学習の本質は「重力脱出モデル」だと語った。越境前の社員は、優れたスキルを持っていても、社内調整や前例踏襲といった「社内の論理」に引っ張られがちである。越境を通じて社内の引力から遮断され、NTTドコモでの前提が解体される「修羅場」を経験すると、当事者意識と本質思考が磨かれ、ベクトルが外向き(顧客や価値創造)へと根本的に転換するという。

「越境して最初の3ヵ月間は、アンラーニングやオンボーディングに苦労する人が少なくありません。それを乗り越えると、本来のスタイルや価値観、NTTドコモの技術をベースにして活躍し、帰任直前には『NTTドコモにはこの点が足りていないので、帰任してこんなことをやりたい』と提言するまでに成長します。その高い熱量を周囲の社員に伝播させ、事業を変えていきたいと思います」

柏崎健太氏 講演の様子

柏崎氏の説明を受け、野島氏も社内論理からの離脱の重要性を説いた。

「移籍元の企業からA社に越境したとき、受け身で『A社軸』となってしまう人がいます。これは、ベクトルが内を向いたままで変容が起きていない、ということです。ベクトルを転換するために、越境先でどのようなプロジェクトに参加してもらうか、どのようなフィードバックを行い、どんな問いかけで内省を促すべきかなどについて、ローンディールが支援しています」

グループディスカッション・Q&A:評価のあり方、管理職の重要性

越境施策における実践的な課題を共有するため、参加者同士のグループディスカッションが行われた。「施策の目的と成果」「得たい成果に向けた課題」「これから解決したい経営課題」といったテーマについて、各テーブルで活発な意見交換が行われた後、全体での質疑応答の時間が設けられた。

参加者A:越境中の評価は誰が行っていますか。また、必ず元の事業部に帰任するのでしょうか。

伊藤:総務人事部付けで派遣しており、評価主体も人事です。派遣先の企業に、NTTドコモの評価フォーマットやグレードに見合った目標を設定していただき、私たちもそのプロセスに介在します。NTTドコモでの基準に照らして高いアウトプットを出せば高く評価しますが、越境先での評価が、帰任時の配置に反映されることはありません。帰任先については、元の事業部以外の部署に配置されるケースが多い傾向にあります。将来的には事業部がオーナーシップを持ち、元の部署に還元するという運用も選択肢に入れています。

参加者B:事業部門やロジカルな上層部に対して、越境施策の費用対効果をどのように説明しているのでしょうか。

伊藤:三つの観点から説得を試みています。越境者や上司へのヒアリングを通じた「定性的なファクトの回収」、エンゲージメントやキャリア自律度といった「定量的なデータ測定」、そして短期的な成果を求めず、「点ではなく線で長期的に人材をモニタリングしていく姿勢」を明確にすることです。「大きなコストを投じても効果が見えにくい施策」と比較し、越境学習の費用対効果を相対的に説明することもあります。

グループディスカッションの様子

参加者C:受け入れ先企業は、どのようなモチベーションで人材を受け入れているのでしょうか。

伊藤:受け入れ側のメリットとして、「外部の風を入れることによる多様性やイノベーションの促進」や「事業推進力の補強」が挙げられます。一方で、単なる労働力の提供になってはいけません。社員の育成という目的が達成される「Win-Winの関係」を築くよう、事前に強くお願いしています。

野島:ローンディールが越境をお手伝いする際は、事前にすべての受け入れ先企業と面談し、育成目的に賛同した企業のみを紹介しています。

参加者D:帰任してからも活躍できるかどうかは、帰任先の管理職の理解と働きかけが重要になると思いますが、どのようにアプローチしていますか。

伊藤:帰任先の事業部人事を巻き込み、面談に同席してもらうことで、多様性を受け入れられる環境かどうかを見極めています。調査結果から、受け入れ先の管理職の能力が帰任者の活躍度合いを左右することが分かってきました。今後は、受け入れ組織の管理職に対する働き掛けにも注力しなければならないと考えています。

野島:越境経験を持つ管理職や、外部ネットワークとの接点を持つ管理職は、帰任者の心情を理解しやすい傾向があります。当社が支援した事例で、過去に社外プログラムを受けた経験を持つ上司が、帰任者の気持ちを深く理解し、適切なアサインにつなげたケースがありました。短時間で参加できるオンラインプログラムなどを通じて、管理職も越境を体験することで施策全体の効果が上がります。

最後に、登壇者がそれぞれ参加者へ向けて総括のメッセージを送った。

伊藤:アウェイに行ってホームに戻るというプロセスは、確実に個人の本質的な変容を促します。いかに事業部を巻き込み、点で終わらない設計を最初から盛り込めるかどうかがポイントです。これから越境施策に取り組み始める企業には、積極的にチャレンジしてほしいと思います。

柏崎:社員の人生に影響を与える施策だからこそ、失敗は許されず、ベストなサポートが求められます。自社内だけで完結させず、民・官の専門的な知見や客観的な視点も活用しながら、施策を磨いていくことが重要です。

自社の常識から離れ、外部の環境で修羅場を経験することは、個人のOSを書き換え、組織に新たな風を吹き込む。NTTドコモの10年にわたる軌跡は、越境学習を単なる個人の成長機会にとどめず、事業を動かす戦略的な人材育成へと昇華させるため、多くの示唆に富むものであった。

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