アイシンの技術スタッフが越境で再発見した、自分の強みと「チームで戦う面白さ」
株式会社アイシン(以下、アイシン)の技術スタッフとして工場でキャリアを積んできた柘植さんは、業務時間の20%を使って、ベンチャー企業に参画する越境プログラム「side project」に参加しました。
製造現場での知見を活かし、越境先のビットクォーク社でマーケティングや営業、新規事業に携わるなか、自身の仕事への向き合い方や、今後のキャリア観に大きな変化が生まれたと言います。
参加者の柘植さんと、受け入れ先のビットクォーク株式会社、小野沢さんにお話を伺い、side projectがもたらした変化と成長に迫ります。
(※本記事は2026年8月に取材したものです)
目次
周囲を巻き込む術を、ベンチャーで学びたい
――柘植さんはアイシンの工場に勤務されているそうですね。具体的にどんな仕事を担当していますか。
柘植:アイシンは自動車関連の部品メーカーで、全部で18の工場があります。私はそのなかの1つの工場で技術スタッフとしてキャリアを積み、直近では全工場を対象に生産性を向上させる部門に移り、AIを活用した自動化の仕組みを展開する業務に携わっています。

――side projectに挑戦しようと思ったきっかけを教えてください。
柘植:きっかけは大きく2つあります。1つは、キャリアに対する漠然とした不安です。これまでずっと工場勤務だったので、社外で自分の力がどこまで通用するのか、アイシンの外ではどんな貢献や働き方ができるのかを知りたいという思いが強くなっていました。
もう1つは、周囲を巻き込むにあたって感じた課題感です。AIの活用や新しいソフトの導入を他の工場に広げていくには、関係者に賛同してもらい、仲間を巻き込む必要があります。そこに難しさを感じていました。ベンチャー企業に身を置くことで、「相手の興味を惹きつけ、巻き込む方法」が学べるのではないかと考えて、参加を決めました。
――参画先としてどんな企業を希望しましたか?
柘植:相手の興味を引き、巻き込んでいく方法を学ぶには、ある程度形になったプロダクトがあった方がいいと考えました。そこでプロダクトを売り込むフェーズの企業を探し、マッチングしたのがビットクォーク社でした。
受け入れ企業が期待した、製造現場での確かな経験
――ビットクォーク社は、どういった期待から柘植さんを受け入れたのでしょう。
小野沢:当社は、産業技術総合研究所とNECからカーブアウトしたスタートアップ企業です。製造業・物流業向けにシミュレーションや最適化を行うSaaSサービス、「assimee」を展開しています。
技術力を強みに製造現場にサービスを展開してきたものの、製造現場に関する専門知識は十分とは言えない状況でした。
特に、工場で働くどんな人にアプローチすればいいのか。何を訴求したらいいのか。市場環境はどのようになっていて、今後どんな機能を追加すればいいのか。マーケティングや営業の戦略をしっかり固め、プロダクトを磨きあげていく必要があったのです。
実は柘植さんの所属部署ではassimeeを導入いただいており、まさに私たちが解像度を高めたいと考えていたターゲットそのものでした。当社側にとって参画いただくメリットは明確だったので、柘植さんのご希望にマッチするのならぜひ来ていただきたいとオファーを出しました。
前向きなフィードバックが生む、ベンチャー特有のスピード感
――ビットクォーク社に参加してみて、ベンチャーならではの環境に驚いたり、戸惑ったりしたことはありましたか?
柘植:人数が少ないからこそ、一人ひとりの業務上の結びつきが強い点に、まず驚きました。大企業の機能別組織では、どうしても隣の部署の仕事を「わからないもの」「自分とは関係のないもの」と捉えがちです。でもビットクォークでは、技術職と営業職が密にコミュニケーションをとって、同じゴールに向かっている。専門分野は違っても、お互いの仕事を「自分ごと」として対話するスタンスに、ベンチャーの強さを感じました。
また今回、プレスリリースや展示会用のポスター制作にも携わったのですが、参考にできるフォーマットが何もなくて(笑)。アイシンでは、一定の質を担保するための「標準」が常に用意されているので、ゼロベースでいろいろなものを作り上げていく環境に驚き、最初は戸惑うことも多かったです。
――プロジェクトを進めるなかで、印象的なエピソードはありましたか?
柘植:サービスのターゲットが工場の人材ということで、どんなキャッチコピーや打ち出し方にしたら響くのか、自分なりに考えて提案しました。すると、「いいね」とポジティブな反応をもらえることが多かったんです。
アイシンでは細かい指摘が入るので、手元で慎重に作り込んでからアウトプットする癖が身についていました。一方、ビットクォーク社では基本的に提案を歓迎してくれて、「もっと良くするためにはどうしたらいいか?」という前提で議論が進みます。そのため「手元で温めすぎず、どんどん出していこう」と、マインドが自然と変わっていきました。
――小野沢さんは、柘植さんの変化をどのようにご覧になっていましたか。

小野沢 耕也氏 | ビットクォーク株式会社 COO
新卒で総合商社に入社し、鉄道分野におけるトレードおよびプロジェクトマネジメント業務に従事。その後、大手IT企業にて、製造業および小売業向けの事業検討・企画立案を担当。2024年にビットクォーク株式会社へ参画し、営業・マーケティング戦略の立案から施策実行までを担うとともに、新規事業の企画・仮説検証を推進。25年1月よりCOOに就任し、事業全体の成長を統括。
小野沢:前向きなコミュニケーションやスピード感は、ベンチャー特有の文化だと思います。自力で95点のレベルまで作り込んでから出すのではなく、50点の段階でいいから早く出す。残りはみんなで議論しながら80点、90点へと加点していけばいいという考えなんですよね。
柘植さんも最初はこのギャップに戸惑っている様子でしたが、数週間もするとすっかり慣れて、順応してくれました。そのキャッチアップの早さも、さすがだなと感じていました。
現場経験と専門知識で、マーケティング戦略から新規事業の立ち上げまでを牽引
――柘植さんのなかで、特に思い出深い仕事について聞かせてください。
柘植:先ほどもお話した、サービスのキャッチコピー考案や、プレスリリースの作成ですね。工場での経験を活かして、「こういう訴求なら響くのでは?」と仮説を立て、その内容に違和感がないか、アイシンの工場で働く同僚にも聞き込みを行いました。
自分なりのアプローチで提案できましたし、その内容をみんなで議論をして、さらにブラッシュアップしていく進め方も非常に新鮮でした。
小野沢:BtoBのサービスでは、言葉に少しでもズレがあると「自分たちと関係のないサービス」「現場をわかっていない」と判断されてしまいます。
だからこそ、サービスの価値をどう表現すべきか模索しており、柘植さんの提案はとても勉強になりました。最終的にお客様にしっかり価値が伝わる内容へと仕上がったと感じています。
――柘植さんは工場への聞き込みまで行ったのですね。
小野沢:そうなんです。ご自身の感覚だけに頼るのではなく、ターゲット層への聞き込みを通じて仮説を検証してくださった。おかげで私たちも自信を持って提案できるようになりました。柘植さんの周囲に耳を傾ける謙虚さや、深く考える姿勢には私たちも学ぶことが多かったです。
柘植:そう言っていただけると嬉しいです。もうひとつ、印象的だったのが営業同行です。顧客の生産ラインをどう観察し、どう提案につなげるべきかを支援したシーンがありました。
設備の見方や生産ラインの仕組みなど、技術的な情報を提供できて、私自身の知見が直接的にお役に立てた実感がありました。
小野沢:営業担当からも、「柘植さんと現地に行って、お客様の作業時間の測り方といった実務面でもサポートしてもらえたのは予想外の収穫だった」と聞いています。
さらに今回は新規事業のコンセプトづくりや、販促物・プレスリリースの制作まで手がけていただきました。すでに導入予定の顧客を獲得できているのも、柘植さんのおかげです。
ベンチャーには不足しているピースがたくさんあります。そこに大企業で経験を積んだ方の知見が加わることで、私たちだけでは気づけなかった視点を得られる。一方で、参加する方にとっても新しい経験になる。参加者と受け入れ企業の双方に確かなメリットがあるのが、side projectの良さだと実感しています。
外に出て気づいた「やりがいを感じる環境」と「顧客視点」
――side projectを通じて、価値観の変化や、新たな気づきはありましたか?
柘植:当初は想像していなかった気づきがありました。それは、「自分はどういう環境だと力を発揮できるのか」「どんな役割で価値を提供したいのか」という自分自身に関する気づきです。
具体的には、専門分野で分かれた縦割りの組織よりも、お互いに関わりあいながらチームで連携する働き方が好きだとわかりました。外の世界を経験したからこそ、自分が本当にやりがいを感じる環境の解像度が上がったと感じています。
また、自分の強みを再発見できたことも大きな収穫でした。自由度の高い環境でも自分なりに考えて、周囲に意見をもらいながら着実にPDCAを回していく。こうした仕事の進め方は、社外でも十分に通用するとわかり、自信につながりました。

――side projectの終了から3ヶ月が経過していますが、アイシンに戻ってからご自身に変化を感じることはありますか?
柘植:side projectに参加する前の私は、自分たちがつくった仕組みやシステムをいかに「売り込むか」という視点で捉えていました。しかしビットクォーク社で新規プロダクトの画面構成を考えたり、ブランディングやリリースにも携わるなかで気づいたのは、「相手が何に困り、何を求めているのか」に耳を傾けることの大切さです。意識するベクトルが「売り込み」から「課題解決」へと大きく変わりました。
――仕事に対する視野やアプローチが変わってきたんですね。今後はどんなチャレンジをしたいですか。
柘植:みんなで共通認識を持って1つのゴールに向かう環境にやりがいを感じたことで、今後のキャリアの選択肢が広がりました。例えば、1つの自動車部品を多様な職種が連携してつくりあげるような部署への異動も考えるようになっています。
私自身の専門性をより高めつつ、チームで一体となって成果を出す部門に挑戦してみたいです。
――最後に、かつての柘植さんと同じように「社外で自分の力が通用するのだろうか」と感じている方に、伝えたいことはありますか。
柘植:side projectの良さは、今の会社に勤めながら、転職に近い経験ができる点にあると思います。社外を経験することで、今まで気づけなかった自分の強みや適性に気づき、今後の働き方をリアルに描くきっかけが得られます。一歩踏み出せば、きっと有意義な時間を過ごせると思います。

Fin.
協力:株式会社アイシン/ビットクォーク株式会社
インタビュー・文:藤井恵
