組織はブロック塀から石垣へ。越境学習が「多様性を活かす組織づくり」の触媒になる

企業価値を高めるため、人的資本経営などをはじめとした「人」への注目が一層高まっています。そうした中、所属する組織の枠を超え、自らの職場以外で学びを得る「越境学習」が効果的な育成方法として注目されています。

そこで、「レンタル移籍」をはじめとした越境学習に取り組んでいるローンディールでは、「人を惹きつける会社は社員を社外で育てている」をテーマに、「人事のためのオンラインフォーム」を現在開催中! 全4回のセッションで、越境学習のパイオニアとともに、越境機会を活用した経営戦略・人事戦略の現在地について語っています。

本記事では、9月20日に開催された第1回目のセッション「『社外で育て、社内で活かす』越境学習のはじめ方」を要約してお届け。

業界のパイオニアであるクロスフィールズ代表の小沼さんとローンディール代表の原田が登壇し、10年以上にわたって蓄積してきた「越境学習」の知見を共有。また、特別ゲストとしてエール取締役の篠田真貴子さんもお招きし、組織が越境学習を実践する際に押さえるべきポイントや、社会的意義についてお話ししました。

変わってきた越境のカタチ
裾野を広げることが大事

原田:まず、改めて越境学習とは何なんなのか、ということを確認しておきたいと思います。「所属する組織の枠を越えて、自らの職場以外で学びを得ること」そして「ホームとアウェイの往還、つまり行ったり来たりすること」が越境学習であると言われます。特に重要なのは「外に出て戻ってくる」というところがポイントですよね。

小沼さん:そうですね、大事なのはホームとアウェイを行き来することを、自分の中でつなげることだと思っています。

たとえば子どものPTA活動のような一見関係ない経験でも、「この経験って仕事でも活きるな」というふうにつなげて捉えられるようになると、人生のいろいろな経験を「越境」として捉えられるようになって、豊かになりますよね。

原田:そんな「越境」という取り組みですが、どのような社会背景や企業のニーズによって注目されているのか?という点についてお話しできればと思います。

私たちローンディールは、主にベンチャー企業への越境という機会を提供しているのですが、創業した2015年〜2020年にかけては、「イノベーション創出」「両利きの経営」といった事業的な目的で越境学習が取り入れられることが多くありました。その後、「人的資本経営」「キャリア自律」「リスキリング」など、人材という側面からも注目が集まるようになり、導入企業が増えているという状況になります。クロスフィールズは社会課題の現場への越境ということになりますが、ニーズの変化をどのように捉えていますか?

原田未来 | 株式会社ローンディール 代表取締役
2001年、株式会社ラクーン(現ラクーンホールディングス、東証プライム)入社。部門長職を歴任し同社の上場に貢献。2014年、株式会社カカクコムに転職し、新規事業開発。自身の経験から「会社を辞めずに外を見る経験」の重要性に気づき、「レンタル移籍」事業を構想し、2015年に株式会社ローンディールを設立。経済産業省や経団連の主宰する「人材育成」「大企業・スタートアップ連携」等に関する検討会で委員を務めるなど、「日本的な人材流動化」を促進するために活動。

小沼:私たちが起業した2011年ごろは人事のニーズとして、グローバル人材の育成が脚光を浴びており、海外のNPOや社会的企業に社員を派遣する「留職プログラム」を活用いただいていました。その後2015年くらいからはリーダーシップ育成を目的とした活用にシフトしていきました。

最近は企業の経営層との接点が増えています。パーパス経営、サステナビリティなどが注目される中で、経営層はその解像度をあげる必要があり、社会課題の現場に行くことで、企業経営とは違う視点で思考することができる。そうした中で越境が必要とされていると感じます。

原田:企業の変化として感じることはありますか?

小沼:若い世代は社会課題を解決するマインドを当たり前のものとして持っているような印象があります。また、労働市場も変わってきて新卒一括採用・終身雇用という前提はなくなり、越境で得られる経験を持った第二新卒などを中途で採ってくるという選択肢も企業側に増えてきていますよね。

小沼 大地さん |  NPO法人クロスフィールズ 共同創業者・代表理事
青年海外協力隊として中東シリアで活動した後、マッキンゼー・アンド・カンパニーにて勤務。2011年5月、ビジネスパーソンが新興国で社会課題解決にあたる「留職」を展開するNPO法人クロスフィールズを創業。2011年に世界経済フォーラム(ダボス会議)のGlobal Shaperに選出、2016年にハーバード・ビジネス・レビュー「未来をつくるU-40経営者20人」に選出される。著書に『働く意義の見つけ方―仕事を「志事」にする流儀』(ダイヤモンド社)がある。新公益連盟の理事も務める。2児の父で、少年野球チームのコーチや小学校のPTA役員など地域活動にも積極的に取り組む。 

原田:そういった社会的な流れがある中で、越境学習の必要性はこれからどのように変化していくとお考えでしょうか?

篠田:私はこれまで以上に必要になってくると考えています。まず、企業の方向性として「キャリア自律」を中核コンセプトに据えた人事制度に変えていこうという動きが次々に出てきています。なぜなら、先ほどキーワードで上がっていた「イノベーション創出」や「社会課題解決」という動きを企業が取り入れるために必要だからです。

そのようにして自律した人材、イノベーションを起こしていける人材が十分に力を発揮できる体制を作るという、組織側の動きが重要になってきます。ある人材が周囲を巻き込んでインパクトを出すには、環境がすごく重要だからです。

そうなると、これまでは優秀層に対して提供する「越境」が中心だったかもしれませんが、これからは裾野を広げて全員が何かしら小さな越境した経験があるという状態を作るのがよいのではないでしょうか。それが、越境人材を活かす環境を作ることになるからです。

篠田 真貴子さん |  エール株式会社 取締役
社外人材によるオンライン1on 1を通じて、企業の組織改革を支援している。2020年3月のエール参画以前は、日本長期信用銀行、マッキンゼー、ノバルティス、ネスレを経て、2008〜18年ほぼ日取締役CFO。退任後「ジョブレス」期間を約1年設けた。慶應義塾大学経済学部卒、米ペンシルバニア大ウォートン校MBA、ジョンズ・ホプキンス大国際関係論修士。人と組織の関係や女性活躍に関心を寄せ続けている。『LISTEN――知性豊かで 創造力がある人になれる』監訳他。

小沼:越境には組織と個人の二つの文脈があると考えています。

組織として、のべつまくなしに越境を応援する時代は終わったと感じています。これからは、越境が必要だというマインドを社員に印象付けるような経験や、個人ではできないような「大きな越境」に投資すべきでしょうね。たとえばレンタル移籍や留職のように、長期にわたる越境はなかなか個人では経験できませんので、これを後押ししていく必要はあるかなと思います。

一方で個人は、様々なタイプの越境をどんどん経験するべきだと思います。これも二つの観点があり、まずリスキリングの観点からです。

リスクキリングの目的は人材としての価値を高めることにあります。その目的からいうとまったく違う環境で自分がどう振る舞うのか、何を考えるかを知っておくことは効果的といえます。

もう一つの観点はウェルビーイングです。越境をして「こんな世界もあるんだな」「貢献できてよかった」という新しい繋がりが生まれることは、個人としての大きな幸せにつながるんじゃないでしょうか。

「越境のキープレーヤー」とは?
外を知っておくべき3タイプの人材


原田:
次のテーマは誰をどこに越境させたらいいのか?です。結論からいうと、組織開発や人材育成、イノベーション、そして社会課題解決など、何を目的とするかによって変わると考えています。

そこで一つの事例として篠田さんのお話を伺いたいのですが、篠田さんは直近まで認定NPO法人かものはしプロジェクトの理事を務めておられました。これまでも豊富な経験をお持ちでありながら、どんな目的で越境をされたのでしょうか?そして何が得られたのでしょうか?

篠田:まず、目的は、越境したいとかNPOをやってみたいといった動機ではなく、かれらの活動の根底にある人間観に深く共鳴したのがきっかけでした。そして、その経験は会社経営に大きく活きています。

株式会社よりもNPOの方が組織運営は難しいと感じました。株式会社は最終的に利益を出すことに社員の意識を揃えやすいのですが、NPOは価値観という個人の解釈に幅があるものをマネージしなくてはいけません。また、NPOは株式会社と比べるとマネジメント手法が体系化されていない印象を受けました。

小沼:欧米では企業の幹部がNPOの理事も務められているというケースは慣習になっています。そういう経験をした人が評価されるという環境だからです。

先ほど組織側の環境の問題だという話もありましたが、今後、企業の幹部層を評価していくプロセスにおいて、越境を評価できるようなマインドセットを持っているかどうかということを見ていく必要が出てくると考えられます。

原田:小沼さんはどういう人が越境を経験すると効果的だと考えていますか?

小沼:越境のキープレーヤーを、3つ挙げたいと思います。

1つめは将来幹部、役員になるような方々です。今、役員をしている方は外部の方と話す機会に恵まれているはずです。一方若手は越境ネイティブ的な属性を持っている。そう考えると組織が越境を受け入れる力をつけるためには、幹部層や中間管理職が越境の良さを知ってく必要があるのです。

2つめは、エース人材として期待される若手人材です。新卒採用から生え抜きで育成していきたいような人材には越境経験が不足しがちです。こうした人材には「大きな越境」を経験してもらい、越境の原体験づくりをしておくというのが、イノベーションを生むために大事になってくるのではないかと考えています。

3つめはシニア層で、この層は今後越境のトレンドとなってくると思っています。今、日本の企業の人口で一番多いこの層の方々を、もう一度社会になめらかにインテグレートすることは、孤独・孤立といった社会課題を解決するためにも重要になっていくと思っています。

この層に越境の機会を提供できれば、リタイヤ後に地域社会や地場の中小企業などでもう一度花を咲かせていただくという在り方を後押しする事ができるはずです。

原田:今後、社会全体の流動性が上がっていく中で、組織としてのアイデンティティを担保していく役割を担うような幹部層やエース人材が外を知っておくことは大事ですよね。

「ブロック塀」から「石垣」へ
多様性を企業価値の源泉にしよう


原田:
最後に「越境を組織に活かすには?」というテーマで話していければと思います。突き詰めるとこれは、社員一人ひとりがもつ多様な経験と組織がどう向き合っていくかということになるわけですが、篠田さん、いかがでしょう?

篠田:この話は、これまでの組織のOSを大きく変更しようという話だというふうに思うんです。私はよく、変更前をブロック塀、変更後を石垣に例えてお話しするんですけれども・・・

これまでの日本企業というのは、人材を集めてきて会社の型に合うようにバラバラだった個性を揃え、ブロックのように形が整った人たちを組織としてバシッと組み上げるというコンセプトでした。

一方で石垣は、集まった様々な形をした多様な石を堅牢に組み上げるように、OS変更後の組織では、多様な人材の個性を活かして組織に組み上げます。すると、ブロック塀と石垣では「形が違う」ということに対する反応が全く違うものになりますよね。ブロック塀のOSであれば形が違うものは整えなくてはいけない、でも石垣のOSではその大きさや形の違い、つまり個人のスキル、得意や不得意を受け止めて活かしていくということになります。
越境を組織が活かすというのは、まさにこの石垣の考え方で、「多様性を企業価値の源泉にしよう」ということだと思います。この変化はOSのアップデートなんてものではありません。OSを根底から変えるということになりますよね。

小沼:今のお話を聞いてすごく納得しました。なぜスタートアップやNPOが越境の場に適しているのか?という理由は、まさにそこにあるのでしょうね。

スタートアップやNPOには平準化されたブロックに整える体力がなく、だからこそ、来た石で作らなきゃいけないっていう制約がある。それに加えて、NPOはそもそも向かっていくゴール自体も画一的なものではありません。だから「多様性を活かすことがOSになっているところに越境すること」の意味があるのだと思いました。

「越境経験をして多様性を活かす組織を見てきた人」が、経営者や意思決定者の中に増えていくことで、日本社会のOSが変わっていくのかもしれませんね。

篠田:まさに大手企業のCxOクラスでも、一度辞めて戻ってきた経験のある人が少しずつ現れていますしね。

原田:企業全体の変化に至るには、すごく時間がかかるかもしれません。

しかしレンタル移籍を終えて帰った方を見ていると上司の方も含めて、まずは「自分たちのチームから変えていこうよ」と進められている方々がいらっしゃいます。組織が大きい分、一部作り替えても何も言われないそうですし(笑)。

そういう余白からはじまった動きが、やがてOSを根底から変えていくというステップもあるんじゃないかなと感じました。

篠田:石垣の世界においては、一人ひとりの自己理解・他者理解がより必要になり、「聴く」というコミュニケーションが必須になるのではないでしょうか。

小沼:ここまでの議論で思ったのは、個人の中にある多様性に気づいていくということです。そして、組織が個人の多様性を発揮できる環境を作っていく必要がある。その過程において、越境が良い触媒になることは間違いありません。そういう機会を社会全体で増やしていくことに意義があるのではないかと思いました。

原田:お二人の話を伺い、これからの越境は「組織のOSを変えていく」ということにいかに影響力を発揮していくかがテーマになってくるのではないかと感じました。小沼さん、篠田さん、本日はありがとうございました。

Fin

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