朝日新聞社・日本特殊陶業の越境人材が取り組む、新規事業創造のリアルな現在地
ー外部ネットワークが新規事業に活きている
後藤:まずは、お二人が今取り組んでいる新規事業について、手応えを感じていること、そして感じている課題を教えてください。
梅田:私はレンタル移籍から朝日新聞社に戻ると同時に、新設された事業創造部の次長として着任しました。調査・探索といった現場作業もやりつつ、マネジメント的なことも行っています。
手応えを感じているのは、いろんな思考やフレームワークを活用した調査を続けていく中で、メンバー全員のスキルが上がってきていることですね。一方で、自社でできることが限られている中で、どういった企業と手を組み、あるいはどういったリソースを獲得して事業を進めていくべきか、という課題があります。
私自身、移籍していたベンチャーの社長とは、自社に戻った後も定期的にミーティングを行い、連携のカタチを模索し続けています。強い危機感が醸成されている今こそ、積極的に外部との接点を増やしていくべきだと感じています。
伊藤:私は日本特殊陶業に入社以来ずっと営業畑にいたんですが、帰任後は新規事業開発部門に異動して、新規事業開発をしています。弊社は現在、新規事業に注力しており、いろんな部署・領域で事業開発が進んでいます。自分がいるチームでは現在2件の新規プロジェクトが進行している状況ですね。
そんな中で、移籍が終わった後も「外に出て、つながりやネットワークを広げていこう」と外部のイベントやミートアップ、セミナー等に積極的に参加してきたのですが、それが最近、実になってきているのを実感しています。
後藤:たとえばどんなことでしょうか?
伊藤:具体的にいうと、新規プロジェクトを一緒に進められそうな外部パートナーに出会えました。自社だけでやるよりも、先進的な技術・知識を持つ外部パートナーを見つけて事業をブーストさせることが大切だと考えていたので、今後はかなりスピード感がアップしていきそうです。
今の課題としては、新規事業を成功させた実績がないため、組織内でのノウハウの蓄積がまだこれからということ。ただ、中途採用の割合を増やしたり、別のプログラムで社外へ越境するメンバーがいるなど、チームメンバーの中で社外を知る人が着実に増えていることは、前向きなことだと捉えています。
後藤:他に、ベンチャー企業での経験が今の新規事業に活きていると感じる場面はありますか?
梅田:全部だと思います(笑)。たくさん失敗もしましたが、とにかくいろんな経験ができました。移籍先ではいわゆる「なんでも屋」的な感じで業務の範囲がものすごく幅広く、これまで経験したことがないことばかりで。その結果、仕事に対して柔軟に考えられるようになったというか、根本的に向き合い方が変わりました。
なかでも一番の変化は、「自分の仕事の線引きをしなくなったこと」でしょうか。マルチタスクでできることを増やしたいと考えて取り組み、とにかく前に進めていく機動力・馬力・能動性が身についたと思います。
現在の新規事業の仕事は、既存のプロダクトやサービスを深掘りする従来の仕事と異なり、「まったく新しいことをやりましょう」というものなので、しんどくなることもあります。そんな時も「とりあえずやってみようか」というマインドは、移籍先での経験を通して得たものですね。
私には生後5ヶ月の子どもがいるんですが、目の前にあるものをなんでも舐めて、触って、世の中のあり方みたいなものを確かめようとしています。私自身もまさにそういった感じで、未経験の領域でもまずは触って確かめてみることができるようになりました。
伊藤:私の場合、プロジェクト進行の仕方を、移籍先で身につけました。新規事業という未知のものを推進するにあたって、どういう形でプロジェクトを進めていくのか、どういうマイルストーンを置くのか、報告はどうするのか。移籍先でいろいろと教わり経験したおかげで、現在のプロジェクトの枠組みができ、手応えを感じています。
ー周囲を巻き込む「信用貯金」と「目線合わせ」
後藤:それぞれ現況に当てはめて、うまく活かしているようですね。ちなみに、お二人が感じたベンチャー企業と大企業の違いはどんなところにありますか?
梅田:大企業は良くも悪くも縦割りで、自分のタスクやミッションが明確なので、業務範囲がはっきりしています。一方で、ベンチャー企業では自分の業務を超えてなんでもやるのが基本ですよね。また、人事・経理・総務といったバックオフィスの機能や、レンタル移籍などの研修プログラムがきちんとしているのは大企業の利点だと思います。
伊藤:梅田さんの意見に完全一致です(笑)。ひとつだけ加えるなら、物事を進めていくスピード感はベンチャーの方が圧倒的に早いですね。即断即決でトライして、ダメだったら次に動き、失敗に対するリスクをどんどんとりながら進めていく。大企業の場合はどうしても石橋を叩いて渡ろうとするので、スピードが遅くなってしまいます。
後藤:新規事業の観点ではどうでしょうか。
梅田:私が気をつけているのは、社内でレンタル移籍を経験した人間というのは圧倒的少数だということを心に留めて、移籍前の自分でもわかるような伝え方・話し方をすることです。そうしないと「この人、何を言っているんだろう?」と心に響かず、理解の前提にも立ってもらえないことが結構あるので、そこは工夫しています。
伊藤:そうですね。大企業は縦割りな分、周囲を巻き込んでいく工夫が必要だと感じます。たとえば、社内でビジネスアイディアコンテストを主催して目を向けてもらったり、「一緒にできることがあったら楽しくない?」と企画を組んで呼びかけたり。アイディアや企画の内容ももちろん大切ですが、この機会を使いながら、お互いの理解度をあげていくことがポイントなのかなと思っています。
私はもともと営業部にいたんですが、その時は今自分がいる新規事業部門に懐疑的な思いを持っていたんです。だから理解できない人の気持ちがすごくわかりますし、そんな経験があるからこそ、やる気のある人たちと既存部署の人をつなぐパイプになれる。そうやって動いていって、「この人がやっていることなら、きっと大丈夫だろう」と私自身を信用してもらう「信用貯金」がすごく大事だと考えています。
実際、社内のビジネスアイディアコンテストでは、他チームはアイディアの検証を中心とした発表が多かった中で、唯一私たちのチームだけは最終成果物としてサービスのプロトタイプまで作り込み、選考に臨みました。他チームの中には、そこまでやるのかって驚いている人もいましたね(笑)。
限られた時間でも、進め方次第でスピードを速めることができるんだと示せたと思いますし、その発表の場にいた他チームの後輩は、刺激を受けてくれて、その後のレンタル移籍の応募に手を挙げ、現在ベンチャーに移籍しています。自身が挑戦する背中を見せることで何か感じてもらえたらと思っていたので、嬉しかったですね。
―「自分もやりたい」という人を増やしていく
後藤:信用を得る。目線を合わせる。どちらも大事な視点ですね。最後に、これからどんなことに取り組んでいきたいか、ご自身のWILLを教えてください。
梅田:私は育児休暇から戻ったばかりなので、とにかく早く結果を出したいですね。朝日新聞の読者は年齢層が高いこともあり、高齢者とその家族の課題を社会・ビジネスで解決していきたいと考えています。デジタル技術を駆使しつつ、人間固有のビジネス能力を活かして、革新的かつ破壊的なアプローチで社会問題を解決していきたい。そんな壮大なWILLを掲げて、日々邁進しているところです。
伊藤:私は音楽が好きなので「グルーヴ」という言葉をよく使うんですが、自ら率先して「一音目」に飛び込んでいき、起こせるグルーヴを増やし続けていきたいですね。それから常に自分のラインを超え続け、領域を拡大し続けていくことを念頭において活動しています。
会社全体でも、自分のラインを超えてグルーヴを起こせる人を増やしていけば、最強の会社組織になるんじゃないかな、と。そのために、「自分はこういうことに参加している」とか「外に出たらこんなチャンスにつながる」等をどんどん発信したり、やる気のある若手を集めてプロジェクトを組んだりしています。周囲の人が感化されて、「自分もやりたい」と思ってくれたら一歩前進ですね。
後藤:今回、日本の大手企業の中でも特に危機感の強い二社から、現場で新規事業創造に取り組むお二人をお招きしました。今日のお話の中で、事業創造を推進していくうえでは、「会社の中と外を積極的に行き来する」「周囲を巻き込み、仲間を増やしていく」という二点が重要だと、改めて感じました。ぜひ皆様も、自社での事業創造や人材育成のご参考にしていただけると幸いです。
Fin
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