「人事はクリエイティブな仕事。“協創する人事”で日本を変える」第一生命保険株式会社 竹内 晴哉さん

「人の死による経済的な不幸をなくしたい」と2011年、竹内晴哉(たけうち・はるや)さんは、第一生命保険株式会社(以降、第一生命)に入社しました。入社後は保険金部門に所属し、その後支社勤務を経て、人事部に異動した竹内さん。中期経営計画において「保険の枠組みを超えた新しい価値提供」に取り組むことが示される中で、竹内さんは人事部として「CXデザイン力」「DX推進力」の向上を目指していました。その実現に向けて、社員がもっとリアルな事業開発の経験が必要と考え、ベンチャーで一定期間働く「レンタル移籍」に着目。自社に導入したのでした。そして自らも手をあげ、半年間ベンチャーに行くことに。行き先は、大企業からスタートアップまで幅広く事業開発支援をし、自社でも複数の事業を営んでいる株式会社Relicを選びました。

現在竹内さんは、移籍を終えて自社に戻り、移籍前から取り組んでいた「企業版ふるさと納税(人材派遣型)」に取り組んでいます。同取り組みは移籍中に社長賞を受賞、その後、大臣表彰を受賞したそうです。移籍によって「仕事への価値観が明確に変わった」と話す竹内さんの、大きな転機となった移籍の半年間と今、これからを聴きました。

自ら導入して立候補。レンタル移籍で新領域へ

――竹内さんは大学院で医学研究科にいたそうですね。そこからどうして第一生命に?

法医学専攻でDNA鑑定をメインに研究していました。法医学は、死因を究明することで遺族、関係者が死を受容し、ある種の区切りを付ける役割も担っていると私は思っています。人の死に直面する2年間の修士課程を過ごす中、人が亡くなるという不幸から経済的な不幸につながらないような仕事がしたいと思い、第一生命に入社しました。 現在は人事異動、処遇運営、人財戦略の策定と運用といった仕事をしています。

――そんな中で今回、竹内さんご自身が「レンタル移籍」を自社で導入する動きをされたそうですね。

はい。当社は2021年に経営計画を新しくして、CX向上のためのDX推進、保険の領域を超えた新たな価値創造などの観点での事業のシフト、拡張を図る中、先ずは事業を開発、経営できる人材をつくらなければ新しいビジネス領域にいくことは難しいのではないかと漠然と思っていました。

また、東京大学公共政策大学院でイノベーションガバナンスエキスパートの養成プログラムに参加する機会があり、座学としては理解できたがビジネスをつくる実際の現場ではどうなのか。肌感を掴みたいとレンタル移籍の導入を社内に提案して。まずは自分で体験してみようと、移籍希望者を募る社内公募に自ら手を挙げました。

レベルアップしていく自分が面白い!

――移籍先にRelicを選んだ理由はなんでしょうか。

Relicは、日本企業の新規事業開発やイノベーション創出を支援するための事業やサービス・ソリューションを様々なアプローチで展開されています。レンタル移籍が終わった後、実際に事業開発をするとなると「大企業での新規事業」になると思い、大企業における新規事業開発に対する知見を身に付けたいと思っていました。

Relicはその当時、社員200名と比較的規模が大きく、いわゆる数名のベンチャーという雰囲気ではない。組織感ギャップがそれほど大きな乖離にはなっていないのではないかと周囲の声もあったのですが、組織感が近い分、学び、還元できるものは多いのでは、と考えました。

――Relicではどのような業務に携わったのですか。

大きく4つです。大企業の新規事業開発の伴走支援、海外の資金調達案件をもとにしたアイディエーション支援、Relic内での人材育成サービスの新規立ち上げ、そして、大企業のビジネスコンテストの立ち上げの支援です。

――4つも携わっていたのですね!初めてのベンチャーでいきなり複数のプロジェクトに関わるとは。戸惑いや不安、大変だったことはありませんでしたか。

Relicは基本的にリモートかつプロジェクト毎にメンバーがアサインされる運営スタイルです。自分だけではなくてみんな「初めまして」が普通の世界だったので、対人での困惑はありませんでした。

ですが、時間管理は大変でしたね。納期が短いとか、大企業での進め方と全然違うわけです。スケジュール管理には比較的自信があったのですが、おかげでより細かなところまで気を配るようになりました。

ある大企業の新規事業に携わる中で課題設定から解決策、ソリューション、マネタイズのモデルまでをたった3日で作らなければいけなかったことがありました。「3日で終わるかい!」って(笑)。

すごく大変でしたけど、集中すれば短時間でもいろんな事を思いつくことがわかったし、他の案件でもこのプロセスを生かせたので経験して良かったですね。

全般において、経験のない仕事でゼロからイチを創る状況でした。全て何かを学びながらアウトプットし続けなければいけなかったのですが、私の中では辛いというより「面白い」でした。レベルが上がっていくことが実感できて、うれしかったですね。

――大変だったけどすごくいい経験になったことが伝わります。ちなみに困ったときに誰か相談できる相手はいたのでしょうか。

プロジェクトのリーダーやメンバーには気軽に相談できる環境でしたね。年下のメンバーからも良い刺激をもらって。年齢に関係なく、よりフラットに「学べる人から学ぼう」という環境だったので、自分もそうしたスタンスになれました。

最後のRelicのみなさんからのフィードバックで、「竹内さん、すぐ吸収するのでどんどんお願いしていました」と(笑)。

――会社に戻ってからもその経験は生かせていますか。

納期やスケジュール、タスク管理に関する意識が大きく変わりましたね。Relicではプロジェクトの作業工程を作業要素ごとに細かく分解し、構造化するWBSが定型化されていました。その辺を可視化し、自分よりも周囲にどう浸透させていくかを今進めようとしています。

チームの役割も、当社は一つの業務を工程を分けず複数名で分担していました。しかしRelicは工程ごとに担当を決めている。そうでなければ品質担保ができないと。そういう考え方もあるのかと、大きな気付きでしたね。

左が竹内さん、右はRelic執行役員の小森さん

自分は「何をしたいのか」

――これまで吸収したことのお話を伺いましたが、Relicで生かせた第一生命での経験、スキルはありますか。

第一生命人事部でのタイトなスケジュール下で培ったマルチタスク処理能力が、業務量が増えた時の動き方や心の持ち方などに役立ったことが一つですね。

ただ、経験やスキル以上に良かったと思うことは、自分の得意領域や自社に戻った時の背景とRelicでの業務を掛け算しようと臨んだことですね。自分しかできない掛け算でRelicに何かを残し、第一生命にも何かを持って帰らないと意味がないかなと。

今、第一生命で事業開発ができる人材の育成に向けた具体的な施策の検討を進めていますが、Relicで自分が起案した「事業開発を行う人材育成」に関わる新規サービスの経験が生きていますね。個人的には双方向の掛け算を意識したからこその結果なのかなと思っています。

――Relicで新規サービスの立ち上げを起案したのですか?

そうですね。もともと入ったプロジェクトのひとつに、人材育成に近しい取り組みがありました。思い切って、大企業から社員を派遣して新規事業開発を勉強し、実際に事業開発をするみたいなプログラムを提案したら「面白いね」と言っていただいて進めることになりました。Relicがアイデアをどんどん受け入れてくれる環境だったので、それも良かったと思います。

「何が一番やりたいのかを言わないと伝わらないよ」とフィードバックでもいただいて。これまでは「何でも卒なくやろう」としてしまい、一番やりたいことが伝わらずに終わってしまうことも。

事業開発は正解がありません。「結局、何がしたいのか」が大きく、「何をしたいの」「何がしたいの」「どうしたいの」と聞いてくれる、そして言うことができる組織風土は本当にいいなと思いました。

大企業のビジネスコンテストの支援の話は「やりたいんです」と執行役員の小森さんに伝えて、アサインしてもらいました。

――「こうしたい」という思いが何より力になりますよね。Relicが良い環境であったことが伝わります。ちなみにメンターの方の存在も大きかったとか。

メンターの光村さんは、最初の顔合わせから切れ味がすごくて。普通に顔合わせかと思って臨んだら、「あなたはどうしたいんだ」みたいなディスカッションに発展して。移籍が始まった後も、「自分がどう思っているのか」を引き出してくださり、毎回自分の気持ちを試されているようでした(笑)。

でもそのおかげで、徐々に自分の中でやりたいこと、自分の将来のキャリアみたいなものが見えてきて。それからは、自分の感情がどう動くのかを観察しながら話せたのですごく良かったです。

実感!創る喜び、チャレンジする楽しさ

――「成長を実感することが楽しかった」とおっしゃっていましたが、Relicで仕事する中で他にうれしかったことはありますか。

サービスを完全にゼロからつくることになり、提案資料、契約書、金額設定をどうするのかなどの一連を全部自分で考えられたことですね。サービス名称もいくつかの案から自分の案が選ばれて、そのアイデアについて今後検証していくことが予定されています。形になるってうれしいですよね。

――快感を覚えてしまったのですね。

そうですね(笑)。でも、何かをつくる面白さを感じた一方でそれを運用し、実用性まで持っていくことは難しいと感じています。だからこそ、いっぱい生み出して、いっぱい試していかないと良いものが残っていかない。

私、比較的保守的というか結構ビビりなのですが、Relicに行って「とりあえずやってみていいんだ」と若干吹っ切れました。

――Relicに行ってわかった自社の良い点はありますか。

やっぱり人が沢山いるってすごいことで、そこから生み出せるものがいっぱいあるということですね。あと、ベンチャーと比べて情報基盤、顧客基盤の桁が違うこと。ベンチャー企業がサービスをつくれたとしても、基盤がないから広げたくても広げられないという課題感がどうしてもあるわけです。だからこそ、ベンチャーの柔軟な発想、画期的な企画力と大企業が持っている顧客基盤がうまく掛け算できたらすごく面白い。それには新規事業開発を理解し、ベンチャー企業と対等に話せるような人材を人事が育てなければいけないと思うようになりました。今後の課題の一つですね。

離れてわかったこと。「人事はクリエイティブ」


――レンタル期間を終えて、会社への思いは変わりましたか。

「会社のために」から「第一生命という会社を通して社会に何がしたいのか」という価値観に明確に変わりました。そして、「やらなければいけないことをやる」という仕事から、「自分がやりたいこと、なりたい姿に向かって第一生命の今の職務だからできることは何だろう」と考え、実行するというスタンスに変わりました。

――自分事化したほうが、やりがいを見出せますよね。

「その仕事に熱中しているか」が大事だと思うんです。仕事に忙殺されている人はたくさんいるけれど、熱中している人ってあまりいない。でも、Relicには会社の理念に共感し、転職までして集まっている方が多いからか、熱中している人、楽しそうに仕事をしている人が多かったんです。

――熱中している方が増えれば会社の大きな力になりますよね。レンタル移籍を通して価値観が変わり、自分のやりたいことまで見えてきたということですね。

人事の仕事から離れたおかげで、「人事は結構面白い、人事で変えられることってめちゃくちゃ多いぞ!」って思うきっかけになりました。人事はクリエイティブな業務なんだなって。「人」に投資しない限り事業は成長しない。人事は今ある組織を守るというよりは、我々が今後目指す経営を実現するための人事であるべきだと強く感じました。

だから、ビジネスをつくれる人材の開発を、それがビジネスコンテストなのか、別の形態なのか模索中ではありますが、「人事」主導でやりたいですね。人事異動権を持つ人事だからこそ、社員の自己実現にも応えられると思っています。

“協創する人事”を日本に

――改めてすごい気付きを得る転機だったようですが、竹内さんの動きによって大企業の「人事」が変わりますね。

将来的には、日本にある企業の人事の概念を「管理する人事から、協創する人事へ」と変えたいです。「人事を起点に社員が変わって、社員が変わることで企業が変わって、企業が変わることで日本が変わる」。会社、社員、社会を見られる人事部を日本に創りたいですね。

また、移籍期間終了後、副業としてRelicでの新規事業に携わり続けています。副業をはじめたこともポジティブに働いていますね。会社内で磨かれるスキルだけでは、会社の枠を超えることができません。それでは会社は変わらないですし、そうした枠を超えた人材をつくることが大事だなと。その方法として、副業やボランティアとかがあるわけで。自分もそのつもりで副業という道を選びました。

――外に出た竹内さんだから言えることですね。

そうですね。私の場合は会社に戻って何をするかという明確な目的を考えて選んだ行き先でした。目的を明確に持つこと、会社として、個人としての目的が合致しているかどうかで吸収できることも変わってくるなと思いました。

そして、最終的にはやはり自分が「何がしたいのか」に尽きますよね。Relicの皆さんが当たり前のように、随所で聞いてくるんですよ、「何したい人なんですか」「何でやらないんですか」と。おかげで人事としてやりたいことも見えたので、本当に行って良かったですね。

「何がしたいのか」を見つめ、どん欲に吸収し、挑戦し、様々な気付きを得続けた日々を、とても楽しそうに語ってくれた竹内さん。価値観を「会社から社会」に変え、「管理から協創へ」という人事の新しい概念の創出につながったRelicでの経験がいかに大きな転機となったのか。転機を得て、大きな目的を見出した喜びが一言一句に溢れ出していました。「心の底から出たものでなければ、決して心から心へ伝わるはずがない」という文豪ゲーテの言葉があります。インタビューの最後、「この記事を読まれた方に一言を」と伺うと、竹内さんはさらに瞳を輝かせ語ってくれました。「『やりたいことをやったらいいんだよ』ですかね」と。

Fin

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協力:第一生命保険株式会社 / 株式会社Relic

インタビュー:青栁厚子

撮影:宮本七生

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