コラム・インタビュー

LoanDEAL(レンタル移籍)

京セラの越境経験者が語る、帰任後5年間の効果検証 〜越境は”研修”か、それとも”投資”か〜

越境学習の効果は、帰任後どれだけ続くのか。人材育成の施策を検討中の担当者にとって、気になるテーマの一つではないでしょうか。

京セラ株式会社は、2019年からローンディールの「レンタル移籍」を活用した人材育成施策を開始。これまでに18人の社員が、1年間のベンチャー企業への“越境”を経て戻ってきています。

そのトライアル(第0期)生として、2020年〜2021年にベンチャーへ越境した西尾佑太さん、伊藤卓真さんが、オンラインイベントにご登壇。帰任後の取り組みや葛藤、そして越境経験が現在の業務にどう生きているか、お2人の挑戦をサポートしてきたローンディールの後藤が深堀りしました。

※本レポート記事は、2026年6月に開催されたオンラインイベントの内容をまとめたものです。


前半はそれぞれが移籍前・移籍中・帰任後の5年間を振り返るプレゼンテーションを行いました。まずは伊藤卓真さんから。

Profile 伊藤 卓真(いとう たくま)さん
京セラ株式会社 プリンティングデバイス事業本部 PS営業課 PS営業係責任者。2013年に京セラ株式会社入社し、東日本地域におけるサーマルプリントヘッドの国内営業を担当。2019年12月から2020年11月まで、株式会社Co-LABO MAKERへレンタル移籍。社長と二人三脚で、新規事業開発や既存事業の改善など幅広い業務を推進。帰任後は、京セラとして新規事業となるインクジェット関連の事業立ち上げに従事している。

「型のある営業」から「ビジネスをつくる営業」へ

2013年に京セラへ入社し、電子デバイスの法人営業を6年間担当。「ゼロから1のビジネスを立ち上げたい、無形の商材を売ってみたい」という思いから、東北大学発のスタートアップ・株式会社Co-LABO MAKERへのレンタル移籍を選びました。同社は研究開発業界の設備や実験ラボをシェアリングするプラットフォームを開発・提供する会社で、レンタル移籍当時はサービスの立ち上げフェーズ。社長と2人で事業を推進するところからのスタートでした。

京セラでも、レンタル移籍先でも役割は「営業」だったものの、その中身はまったく異なるものでした。

「京セラでは『これを売ってください』という製品と説明書がある営業でしたが、Co-LABO MAKERでは値段も契約の形もゼロから決めないといけない。そもそも問い合わせが来てもマッチングさせる相手がいないので、問い合わせが来てからテレアポで相手を開拓する、という状態でした。何も決まっていない中で、手探りで型を決めて推進するところが全然違いましたね」

レンタル移籍中のCo-LABO MAKER CEO古谷優貴さん(写真左)と、伊藤さん(写真右)

1年間の移籍を通じて、3つの力が身についたと伊藤さんは言います。ゼロから顧客との関係を構築・仕組み化・売上に繋げる「営業/ビジネス推進力」、異なるバックグラウンドの人と協働する「マネジメント/チームビルディング力」、多面的に物事を考え決断する「経営推進力」の3つです。

(伊藤さんの投影資料より)

営業の枠を超えて、事業を丸ごとつくる5年間へ

帰任直後は行く前と同じ東京の営業部署に戻りましたが、ちょうどその時期に新規事業構想が立ち上がっていて、移籍の成果報告をきっかけに「伊藤が向いているんじゃないか」と声がかかり、京都本社への異動が決まります。

「帰任後の5年間の業務をひと言で言うと、レンタル移籍先での経験の『上位互換』でした」

市場分析・企画に始まり、2023年にグループ入りしたフランス子会社のPMI(グループ入り後統合)チームへの参画、国内顧客の開拓、物流・資材を巻き込んだ輸入サプライチェーンの確立。現在は国内・アジアの営業戦略を立案・実行し、マーケティング・営業・カスタマーサクセスまで「ゆりかごから墓場まで」のビジネスフロー全体をDX化も含めて担っています。

なぜ5年間チャレンジし続けられたのか。伊藤さんは「考え方のOS」というフレームでこう説明します。

「同じ会社で同じ業務を続けると、インプット→思考→アウトプットのサイクルがアウトプット偏重になり、新しいインプットや思考がおろそかになってくる。OSをアップデートしないと、経験値や既存のフレームワークに基づいた思考しかできなくなる。レンタル移籍は、修羅場体験を通じて自身のOSが超短期的にアップデートされる施策だと解釈しています。英語やプレゼンといったスキル(アプリ)の習得とは次元が違う。人事の方が配置転換などで時間をかけてやろうとしていることを、1年という力技で一気に実現できるんです」

(伊藤さんの投影資料より)


続いて、西尾佑太さんのプレゼンテーションです。

Profile 西尾 佑太(にしお ゆうた)さん
京セラ株式会社 スマートエナジー事業本部 開発戦略部 開発戦略1課 課責任者。2008年に京セラ株式会社へ入社。太陽光発電システムの商品開発に従事し、太陽電池モジュールおよび太陽電池アレイの設計を担当。2020年1月から2021年6月まで、株式会社 坂ノ途中へレンタル移籍。事業計画策定、KPI設計、業務プロセス改善、プロジェクト推進を担当し、事業運営の現場に深く関与。帰任後は、再生可能エネルギー分野における新規事業化提案を推進し、現在は軽量太陽光発電システムの開発・実証および事業化に注力。

挫折が生んだ「当事者意識」と変容

2008年の入社から12年間、太陽光発電システムの設計・商品開発を担当してきた西尾さん。移籍の起点は、”経営者感覚”を持つ人材を育てたいという上司の課題意識でした。西尾さん自身も「外の世界で自分には何ができるんだろう?」という問いを抱え、本業とはまったく異なるフィールドとして農業系スタートアップ・株式会社坂ノ途中へ飛び込みます。

しかし、レンタル移籍開始から半年間は挫折感の連続でした。京セラでは、商品開発という役割の中で、実行すべきことやゴールが明確。対して移籍先では、プロジェクトの担当を任されるものの、最初に取り組んだプロジェクトは目標未達で方針転換を迫られる中、「自分はここで何かをひとりで実行する知識もスキルもない」という挫折を感じる日々。転換点になったのは、坂ノ途中の代表からの言葉でした。

「“課題解決はもっと突っ込んだ方がいい。発言の確度を少し落としてみたら。どうせ責任は誰かが取らなあかんし”、と言われて。取り繕い調で話すのもやめようと思いました。そこから『自分も手を動かさないといけない。何か一つでも課題を解決して帰りたい』という思考に切り替わりました」

レンタル移籍中の坂ノ途中CEO小野邦彦さん(写真左)と、西尾さん(写真右)

そこからは経営会議・取締役会・資金調達の場にも同席し、1プロジェクト担当にとどまらず、組織全体の戦略策定や課題解決にも携わるようになりました。経営者に近い位置で、経営判断も学びながら「経営と現場の執行をつなぐ」ポジションを担うまでになりました。

西尾さんがレンタル移籍を通じて得たものは「圧倒的当事者意識」と「事業の意義を言語化する力」「意志ある事業計画」「変化に対応する力」の4つ。終わり際に代表から「西尾は最初は何もできなかったけど、こんな風に変わっていった」「変わっていく姿を見せることこそがリーダーシップだ」と社内で話してもらえるほど、成長できたと感じています。

(西尾さんの投影資料より)

設計者から「事業をつくる人」へ

帰任後は「開発戦略」の課責任者に任命され、新規開発テーマの推進と部門間の連携を担う役割が明示されていました。帰任直後こそ「ベンチャーから帰って来たやつが何かやっている」という見られ方でしたが、データ整備や見える化を進めるにつれて周囲の反応が変わり、新規テーマを提案するメンバーが集まってチームが生まれていきました。

一方で、大企業とベンチャーのギャップにも直面します。「小さく始めようとしても規模を求められる」「承認・合意形成に時間がかかる」。そうした葛藤の末に生まれた最初の成果が、2023年12月に発売したソーラーカーポートシステム「ルーフィル」です。続いて着手した軽量太陽光発電システムでは、デンソー様とのご縁がつながり2024年6月に共同実証を発表。2026年現在は東京都の支援事業に採択され、社会実装に向けた開発を加速させています。

「移籍中に事業計画の策定や資金調達の場に同席させてもらった経験が、こういった支援を申請するときにもストレスなく動ける素地になっていると感じています。自分がすごいわけでも、自分だけで成長したわけでもない。忘れてはいけないのは、上司の采配です。行かせてくれて、戻ったときのポジションも用意してくれて、その後も人をうまくつないでくれた。その流れを作ってくれたことが、かなり大きかったです」


トークセッション

前半のプレゼンを受けて、後半はローンディール代表の後藤幸起が2人に深掘り。参加者からのチャット質問にも答えながら、「越境の効果をどう捉えるか」という本質的なテーマへ向かっていきました。参加者からは時間内におさまらないほど多くのご質問をいたただきましたが、そのうちの一部をご紹介します。

─ 帰任後に、転職・退職は考えなかったのか

後藤: 参加者の方から「帰任後にギャップを感じて、転職・退職を考えませんでしたか?」という質問が来ています。

伊藤: 考えませんでした。レンタル移籍で得た経験を社会や周りの人に還元しなければという気持ちが根底にずっとあったので、中途半端に投げ出したいと思ったことは一度もないですね。つらかったのでキャリアについて考えることはありましたが、「やりきりたい」という気持ちの方が上でした。

西尾: 「どうしたらうまくいくか」の方に思考が向くので、「やめる」を考える暇がない、というのが正直なところです。帰ってきてからは「環境は自分で作ったらいい」というマインドになりました。

後藤: お二人とも仕掛かりの仕事があって、上司のサポートもあって、そういうトータルの状況が「やめない」ことにつながっているんでしょうか。

伊藤: 困難に直面したときに「どう攻略しようか」という気持ちが湧いてくる。それを試したいという気持ちになるので、止まらないんですよね。飽き性な自分が5年間続けられた理由かなと思います。

西尾: 会社への愛着もありますし、還元しなければという意識も最初からあります。ただ今はどちらかというと、今の事業を立ち上げられるように、ひたすら向き合っている感じですね。

後藤: 「困難に立ち向かうマインドは昔からあったのか、それともレンタル移籍の影響ですか?」という質問もいただいています。

伊藤: 負けず嫌いなところは生まれつきあります(笑)。ただ、レンタル移籍を経験して多様な視点が加わり、精神的にも強くなったと感じています。


─ ベンチャー経験は帰任後の業務にどれだけ生きているか

後藤: お二人はそもそも上層部から「トライアルで一発目行ってきて」と声がかかる優秀な人材でした。実際、ベンチャーでの経験はどれくらい帰任後の業務に生きていますか?

伊藤: 移籍していなければ、今の仕事のやり方にはなっていなかったと率直に思います。おそらく「営業という枠の中でいかに成果を出すか」に特化し続けていた。新規事業を立ち上げるにあたって「このルールはなぜ成り立っているのか。だったらこれはできるはず」と踏み込んでいけるのは、ゼロに近いところから事業を動かした経験で「いけるんだ」という感触が得られているからです。レンタル移籍での経験は、今の自分のファンダメンタル(基礎)になっています。

西尾: 大企業の組織の中で感じていた壁を、レンタル移籍が壊してくれました。もともと「ロジックで積み上げたものを説明して承認を取っていく」というプロセスでしたが、今は「これくらいで進めたらいい。自分がやりたいことやったらいい」という感じで部下にも任せられるようになりました。マネジメントスタイルもコミュニケーションの仕方も、ガラリと変わったと感じています。


─ 越境は「研修」か「投資」か

後藤: 今日のメインテーマに戻ります。お二人は今、得てきた経験を帰任後に還元できているという感覚はありますか?

伊藤: 今の事業をフルで成功させることが最終ゴールで、まだそこには到達していません。ただ、徐々に実績を作りながら、組織にも良い影響を及ぼせてきているとは感じています。

西尾: 数字でお返ししたいという思いがあるので、今の事業を立ち上げたら、というイメージです。一方で、組織風土への還元はできてきていると感じます。チームのメンバーが自分の意思を入れて動き、新しい提案をしてくれるようになってきた。若手技術者を受け入れるプログラムでも、考え方やマインドの部分を伝えていけるようになっています。

後藤: 僕自身もこのテーマを考えながら思うのは、「研修と投資」は本来対立するものじゃないよな、ということです。研修だって業務に生きてほしくてやるもの。ただ「研修」という言葉が、特に大企業では「みんなが薄く受けるもの」というイメージになってしまっている面がある。以前に京セラのトライアル期の別の方が「このプログラムは研修とは言わない方がいい」とおっしゃっていたのが印象に残っています。

伊藤: そうですね。英語やプレゼンといった「アプリ」領域の研修は多いですが、OSそのものを書き換えるプログラムはなかなかない。人事の方が配置転換などで時間をかけてやろうとしていることを、1年でキュッと超短期的に実現できる施策だと思っています。

西尾: 研修って「やらされ感」があります。与えられた範囲の中でそれを取り込むのが研修という定義になりがちで、自分から動くことにはならない。レンタル移籍は、それとは全然違います。私が行っていた時は、研修という概念は全くなかった。


─ 人事としてレンタル移籍のプログラムを推進するなら

後藤: 「人事部としてこのプログラムを推進するなら、会社にどんな仕組みを設けますか?」という質問が来ています。

西尾: 昇格の一段手前に「越境・多様な経験を持っていることが重要」という位置づけで組み込む施策にするのが良いと思います。今は手を挙げた人が行くケースが多いですが、それよりも「これからマネジメントを担う人に、事業化の経験をさせる」という仕組みにしてもらえると効果的ではないかと。私自身がその良い機会になれたと感じているので、そういう施策にしたいですね。


おわりに

後藤:「越境の効果は、帰任直後よりも数年後に現れる——今回こうしてお2人から5年後のリアルを聞かせていただくと、事業にも組織にもちゃんとインパクトが出ていると分かりました。引き続きこのテーマを考えていきたいと思います。本日はありがとうございました。」

Fin.


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協力:京セラ株式会社 / 株式会社Co-LABO MAKER / 株式会社坂ノ途中
レポート:黒木瑛子