「トレンドマイクロを変える人材になるために」トレンドマイクロ 根岸泰宏さん -前編-

トレンドマイクロを変える人材になりたい。
そのために必要なのが、レンタル移籍だった

総合セキュリティ対策ソフトのウイルスバスターを展開するトレンドマイクロ株式会社。世界30カ国に拠点を有し、海外連結を含めると6800名超の社員たちが働くトランスナショナルカンパニーだ。

根岸泰宏さんは、2009年、大学卒業と共に同社に入社。デジタルチャネルを活用して、売り上げ拡大を目指すマーケティング&セールス領域で10年にわたりキャリアを積んできた。

「トレンドマイクロに入ってから最初の4年間は、中小企業に分類されるような新規のお客様に対して、WEBサイトで案件を獲得し、コールセンターを活用してクロージングする業務を担当しました。その後、社内のフリージョブエントリー制度を利用し、コンシューマ(個人向け製品)部門へ異動。主にウイルスバスターをご利用いただいている個人のお客様に向けて、顧客満足度・契約更新率を上げるためのコミュニケーション設計から運用までを行いました」

そんな根岸さんがレンタル移籍に興味を抱いたのは、事業を創る人材になりたいという想いがあったからだ。

「長年の仕事で10→100については、十分経験する機会がありました。
でも、ゼロ→イチはなかった。今の仕事にやりがいは持ってはいたものの、自分自身をさらに成長させるためには、今までとは異なる、事業を創る経験をしたいと感じていたんです。事業を創る人材になることで、会社の飛躍に貢献したいとも考えていましたし、ひいては会社を変える人材になりたいという気持ちもありました」

1年間、スタートアップで働くレンタル移籍は、事業の創出プロセスを学ぶには絶好の場。大企業にいたらできないような経験をレンタル移籍なら積めると、根岸さんは考えた。

「だから、まだ種まきの段階から一緒になってサービスをつくり上げることのできる会社に行きたかった。そこでまずはシードステージにあるようなスタートアップをピックアップして。その中から最もビジョンに共鳴できる会社を選びました」

それが、企業とアルムナイをつなぐSaaSプロダクト・Official-Alumni.comを展開する株式会社ハッカズークだった。アルムナイとは「卒業生」を意味し、HR領域では「退職者」のことを示す。

会社を辞めることに対してネガティブに捉えられる風潮が強い日本では、退職すると企業とアルムナイの関係は断ち切れになることが多い。しかし、本来はこうしたリレーションは両者にとって資産であり、このアセットを有効活用できればもっと新しい価値創出ができるはず。そうした視点のもと、退職後も企業とアルムナイが接点を持ち、交流を深めるためのサービスを提供しているのが、ハッカズークだ。

「トレンドマイクロもそうですが、IT業界は他業界に比べて転職の壁が低い。僕の同期も転職した人は多いですね。同期間なら退職後も付き合いはありますが、それ以外だとたとえ一緒に働いた相手でも、退職したらほとんど連絡もとり合わない。それってもったいないなというのは自分でも思っていたし、ハッカズークと出会って企業とアルムナイが変わらず関係を持てる社会こそが本来あるべき姿だと納得できた。ハッカズークの設立は2017年。Official-Alumni.comもこれから企業にどんどん導入を提案していくフェーズ。ここならゼロイチを生み出す経験ができると思って、挑戦することに決めました」

そう話しながら、付け加えるようにもうひとつの動機について根岸さんは明かしてくれた。

「同じ仕事をずっと続けていく中で、正直、自分の中でこうすれば売り上げが達成するというシナリオができていて。どこか現状に対して頭打ちというか、飽きのようなものを感じていました。もっと自分を成長させたい。そのチャンスがほしかったというのも、レンタル移籍に手を挙げた理由のひとつです」

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左はハッカズーク 代表取締役CEOの鈴木さん、右が根岸さん


人に頼れない。
その背景にあった自分のキャリアに対する驕り

そうして2019年7月より根岸さんのレンタル移籍が始まった。ハッカズークは当時で社員数が4名。業務委託のメンバーを含めても20名足らずのミニマムな組織だ。当然、1人ひとりに与えられた業務領域も広い。根岸さんも導入企業の新規開拓から広報、マーケティングまで約1年を通じて様々な業務を担当し、目の回るような毎日を送った。中でも主たる業務として任されたのが、カスタマーサクセスだった。

カスタマーサクセスとは、サービスを導入した企業へのフォローアップが主な目的。Official-Alumni.comを通じて顧客のやりたいことを実現し、顧客満足を高めるために、積極的に様々な働きかけを行っていく。

「企業がOfficial-Alumni.comを導入する目的はさまざまですが、そのうちのひとつはアルムナイの再雇用です。企業文化をよく理解しているアルムナイなら採用後のミスマッチを防げますし、外で身につけた経験やスキルをもとに組織に新しい風も起こしてくれる。人事としては、喉から手が出るような人材なんです。また、ビジネス連携も大きく、企業とアルムナイがタッグを組んで新規事業に取り組んだり、様々なコラボレーションが期待できる。こうした目的を達成するために、いかにOfficial-Alumni.comを運用していくかを、僕たちの方からプランニングしていきます」

開始前から「楽しみで仕方なかった」というレンタル移籍。しかし、移籍早々、今までとはまったく違う仕事環境、慣れない業界の洗礼を受けた。

「僕が接するのは、企業の人事担当者。僕はカスタマーサクセスで最も大事なことは、お客様に寄り添って考えることだと思っているんですけど、ずっとIT業界にいて、HRのことを何も知らない僕には、人事の方が何を考えているのかまったくわからなかった。まずそこがすごく大変でした」

業界の現状と課題。世の中のトレンドや、アルムナイの心理やニーズ。それらが何ひとつとして掴めないため、ハッカズークとしてどんな提案をすべきか、どんなサポートをすればお客様の満足度が上がるか、仮説を立てることもできなかった。

「本来ならそこで周りの人に相談すべきなんですけど、当時の僕は自分からSOSを発信することもできませんでした。結局ひとりで抱えたまま時間だけが過ぎて、最初の数ヶ月は何をすればいいかまったくわからなかった。顧客視点を持とうにも、根拠がないから説得力もないし自信も生まれない。何をやってもうまくいかないという時期がしばらく続きました」

人にアドバイスを求められない。その背景には、積み上げてきたキャリアに対する驕りがあった。

「トレンドマイクロで10年やってきて、自分なりに仕事の再現性というものを確立しつつあった。だから、特に周りの人の意見を聞く必要もないと思っていたんです。今思えば、驕りですよね。でも、大企業とスタートアップでは戦い方がまったく別。同じやり方を転用しようとしてもうまくいくはずがない。それなのに、自分のやってきたことへのプライドがあったから、なかなか人を頼ることができなくて。最初の数ヶ月は思った以上にうまくいかなかったです」

わからなければ人に聞く。
初心に返ったことで開けた突破口

そんな凝り固まった根岸さんの姿勢を解きほぐしてくれたのが、ハッカズーク代表取締役CEOの鈴木社長だった。鈴木社長は、定例の1on1ミーティングをはじめ、様々な場でその時々に必要なアドバイスを根岸さんに与え続けた。根岸さんもまた鈴木社長の厳しくもストイックな姿勢に敬意を抱き、少しずつ自分から相談を持ちかけるようになった。そうやってコミュニケーションを深めていくことで、他者から意見をもらい、それを自分なりに咀嚼して、血肉に変えていく重要性を実感できるようになった。

「HRのことがわからないなら、その道のプロに聞くのが一番。ハッカズークは、HR出身のメンバーがほとんどだったんですね。だからまずは彼らが話している内容を聞いて。わからないことがあれば、自分から周りに質問するようになりました」

顧客の考えていることがわからないという悩みもまた、単に業界の知識が不足していることだけが理由ではなかった。

「実はトレンドマイクロにいた頃って、あまりそういう課題意識を持ったことがなかったんですよ。というのも、やっぱり大企業ということもあって、市場調査などもしっかりしてくれていたから、必要なデータは自分で汗をかいて調べなくても、ちゃんとマーケティングが揃えてくれていた。その環境に慣れていたこともあって、どうやって顧客理解を進めていけばいいかわからなかったんです」

その解決策を提供してくれたのも、鈴木社長や共に働くメンバーからのアドバイスだった。

「『お客さんが何を考えているのかわからないなら、あれこれ予測を立てるよりも、直接聞くのが一番じゃない?』と言われて、確かにそうだなと。そこから改めて人事の方と話をする機会を設けたり、あとはそもそもアルムナイが何を求めているのかを知るために、20人近いアルムナイに直接ヒアリングをさせてもらいました」

周囲から意見を集め、それを抽出し、自分の意見として錬成していく。それが、根岸さんがスタートアップで学んだことのひとつだ。そしてこの学びこそが、ハッカズークで過ごした約1年の間でのブレイクスルーを生むきっかけとなるのだった。

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協力:トレンドマイクロ株式会社 / 株式会社ハッカズーク
文:横川 良明

 

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大手企業の社員が、一定期間ベンチャー企業で事業開発などの取り組みを行う、株式会社ローンディールが提供するプログラム。ベンチャー企業の現場で新しい価値を創りだす実践的な経験を通じて、イノベーションを起こせる人材・組織に変革を起こせる次世代リーダーを育成することを目的に行われている。2015年のサービス開始以降、計41社115名のレンタル移籍が行なわれている(※2020年10月1日実績)。→詳しくはこちら

 

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